クリスマス

TVの中ではメリークリスマスのテロップが踊っていた。俺らといえば熱気を吐き出すストーブにあたりながら薄暗い部屋にいた。
「まぁね、こうやっていつも通りのヒキコモリ生活をエンジョイしている俺だけど、決して寂しくはないよね」
俺は自分に言い聞かすように呟くとしばし黙った。
「寂しくないって本当?」
背後でアイツが尋ねる。俺は振り向きもせずにうなだれた。
「もういいんだよ。世界がクリスマス、メリークリスマスってバカ騒ぎしているけど、そんな事に俺は焦ったりしなければ嫉妬したりもしないんだ。全てに期待もしなければ切望もしない。そんな無欲の中に今の俺がいる。今日が俺にとってはどんな記念日だって、祝日だって、どこでどんな大災害が起ころうと、単なる日常のワンシーンでしかないわけだよ」
もう全てを諦めてから、生きることに何も求めなかった。向上心のない日々は希望を与えてはくれなかったが、不安を発生させる事もなかった。怖いものから目を背けて、聖域に逃げ込んだ俺は天の磐戸に篭った天照大神だ。天照大神が篭ったせいで世界は闇に覆われたと古事記には記されているが、俺の場合、磐戸の中に闇が覆った。世界は驚くほど明るかったがそれが恐怖の一つであり、磐戸を出る弊害だった。
「どうしてこうなったの?」
彼女は泣きそうな顔をして俺の前に座ったがそんな事は俺のほうが訊きたかった。なぜ、ここにこのような状態にして存在しうるか?なぜ死を覚悟しても自殺と言う行動に身を投げないのか?不毛な日々に何を見出そうとしているのか。なにもかも判らなくなってしまった。
「もういいんだ。何もかも俺には必要ないんだ。物を手にしてもそれはいつか壊れ風化する。人を信じてもいつか裏切られ苦渋を味わう。なら、この世界に何を求めればいいんだ。みんなそのことに気付かないだけさ。いや、頭のいい人は気付いても気付いていないフリをしているのかもしれないね」
「でも、kobachiさん。世の中、そんな寂しい事だらけじゃないよ。私は昔、生きていればすればいいって、言ったじゃない。でもそれは間違っていたよ。やっぱり生きるだけじゃダメなんだよ。何かを掴もうとする行動しなくちゃ、ねぇ、kobachiさん何か行動してみなよ。確かに動けば何かで傷つくかもしれないよ。でもさ、それを乗り越えた時に、やり遂げた時に、人間って成長するんだって思うよ」
――あはは、バカみたいにポジティブな話をする脳内彼女に俺は腹ただしさよりも憐れだと思った。脳内のみで存在するビオがどんな清談をした所で俺の心に届く事なんかないのに。
「もういいだよ。そりゃあ、俺は人間不信でコミュニケーションに障害を持つし、ネガティブな思考回路だよ。でもさ、俺の最大の問題点は自分を信じない事なんだよ。自分ほどなんの才能もないクズ野郎だとあきれ返って自己陶酔しているんだ」
「そ、そんな事ないよ。みんな面白い面白いって笑ってくれたり、このブログだって好評のコメントを書いてくれる人だっているじゃない」
「そんなもん、みんな嘘だよ。俺を馬鹿にして遊んでいるんだ!!!」
俺の怒声にビオは一瞬びくっと身構えた。
「あぁ、ごめん。大きな声出して。でもさ、俺なんて本当に何もない人間なんだよ」
「いいよ。でもね、それってkobachiさんが何一つ最後までやり遂げた事がないからじゃないの……」
震える声で言うビオに俺は何も言えなくなってしまった。そうさ、何一つやり遂げた事のない人間に評価などされるわけないのさ。そんな事分かっている。でも、人に酷評されたらと思うと、俺は何も、何もしたくない。
「お母さんが夕飯の準備が出来たって呼んでいるよ。私、先に行くね……」
本当に一人になった部屋で俺はTVを消してベッドに不貞寝した。もう現実に疲れた。