イジメ

イジメは続いてます。
世界は卑浅に卑劣に、真綿で首を絞めるようにゆっくりとイジメ続けます。
そんなふうに卑屈に考えてしまうのは昨日の深夜。
家族が空中分解を始めているのを止める手立てはなく、僕は深夜スポーツ魂を見ながら一人亀田興毅東洋太平洋フライ級優勝を淋しく祝ってました。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水あらずよどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて・・・・。』
鴨長明方丈記の一節ね。」
脳内彼女は横に座り煎餅を食べながら尋ねてもいない答えをくれます。
「うん。」
「たしか、その詩のテーマは『人生の無常感』をうたっているのよね。」
さすが脳内彼女僕の考えをすべてお見通しです。僕はゆっくり頷くと座布団を枕に寝転がりました。
「せつないなぁ・・・。」
人いうのは不思議なもので本当に弱っているときほど口からは真実が漏れるものです。それは、地下水が地面深くの空洞に溜り、一杯になった時、地面に吹き出るように・・・。
「わ、私がいるじゃない。」
たぶん脳内彼女なりの励ましだったのでしょう。でも、その時の僕はそれがとても癪に感じました。
「脳内にいるだけの存在に何が分かるんだよ!!所詮、人間一人で生きて一人で死ぬんだ!カップルなんか一人で生きれない臆病の集まりだ!」
脳内彼女は一瞬驚いた顔をすると、俯き囁きます。
「寂しい人…」
「寂しい?あぁ、寂しいさ!でも本当はみんな寂しいのさ。寂しさに直面しても他人と馴れ合ってその事から逃げているだけさ。み、みんな寂しい。だから、僕のこの気持ちにさえオリジナリティーなど存在しないんだ!個のふりしたって、高いところから見たら全なんだ!」
脳内彼女は黙ってしまいました。
静かにスポーツ番組が進行します。
「ねぇ、コバチさんだって高校生の時は彼女がいたじゃない。イチャイチャして幸せだったでしょ?」
「あんなの若気の至りさ。」
「・・・も、もぉ。このクズ野郎!」
脳内彼女は僕を叱咤するとポケットから携帯を盗み、カチカチと携帯を操作しました。
「バカやめろよ!勝手にイジルなよ!」
「な、何よ!口じゃそんな達観したこと言ったって元カノの電話番号残ってるじゃない。なんだかんだ言ってまだ引きずっているんじゃない。」
「そ、それは…。」
「何?違うって言うの?違わないなら、電話しなさい。いろいろあったけど、あなたみたいなクズで甲斐性無しはあの子がいなけりゃダメなのよ!」
「え、あっ、あぁ…。」
「あぁ、焦れったい。私が電話してあげる。」
そう言うと脳内彼女は通話ボタンを押し呼び出し音に耳を傾けました。僕はじっと正座をして結果を待ちます。
「あっ、もしもし。あの・・・・・・!・・・。」
脳内彼女は少し驚いた顔をしたのち、優しい顔をして携帯を折りたたむと僕に返してくれました。
「どうしたの?繋がった?」
「う、うん。繋がったよ。でも・・・」
「で、でも?」
「え、いいじゃない。そうだ!今から塊魂をやりましょ♪二人協力プレイで2000メートル目指しましょ。」
脳内彼女は健気に作り笑いをして僕を励まします。その笑顔がフェイクだとわかってしまうほどウソ臭いのは一概に彼女の誠実さ愚直さを表しているようで見ていて辛かった。
「本当のことを言えよ!本当は繋がらなかったんだろ!着信拒否や電話番号を変えていたんだろ!下手に慰めるじゃねぇよ!!!」
「え、そんな…。」
「どうせ俺なんて・・・。」
「で、出たわよ・・・。電話。でも…。」
「でも?」
「電話に出た相手は男の声だったわ・・・。たぶん、今の彼氏じゃないかしら。」



う、わぁぁぁああぁぁ・・・!!!!!



「もうイヤだぁ!!日本なんか沈没しろぉぉぉ!!!」
僕は嗚咽混じりに携帯を強く握り絞めると、この行き場の無い憤りを携帯に込め、携帯を中庭にオーバースロー気味に投げ付けました。
ガシャっていった音と共にTVの音以外沈黙しました。僕も縁側で肩を奮わせながら腰から崩れ落ち。脳内彼女もシクシク泣いているようでした。

世界の終わりが近づいています。

「悲しくなんかないさ」と何度も呟きながら僕は縁側に寝そべり空を見ました。昨日と変わらない満月が空にあります。
「月に、月になりたい・・・。」
そう言った直後でした。中庭からYUKIのドラマティックがけたたましく鳴り響きます。どうやら、携帯に着信があったようです。
「も、もしかして・・元カノからじゃ?」
「ち、違うわ!そんな安易な期待しちゃダメ!ただの間違い電話だよ。決してとっちゃダメだよ。また傷つくだけ。私…もうコバチさんが傷つくの・・・絶えられない。」
脳内彼女はあまりにも必死に僕を止めるので僕は縁側から動けなくなってしまいました。
「あっ・・・うん。」
本心は違う所にありましたが彼女の必死さに僕はただ頷きます。庭からはまだドラマティックが鳴り響いています。
「気になるのね。また傷つくと分かっていながらそれでも人との繋がりを求めるのね・・・・いいわ。所詮、私は脳内彼女だもん。リアルにはかなわないわよ。ほら早く電話に出なさい・・・。」
脳内彼女は大泣きしながら僕の背中を叩き、中庭に押し出しました。
「ありがとう。」
「その言葉は元カノに使いなさい。」
僕はヘッドスライディングのように前のめりに倒れつつ携帯を拾います。まだ、携帯は僕の手のなかで震えています。
立ち上がり、縁側で涙を拭う脳内彼女に大きくお辞儀をして携帯を開きました。


ドラマティックが止まりました。通話ボタンを押す数秒前で・・・。


僕は冷静に携帯をいじくり、メロディプレイヤーを起動してドラマティックを再生させました。音量を最大にして地面に置くと脳内彼女を手招きして呼びました。

僕らは携帯を取り囲み、携帯から流れるYUKIのドラマティックの音楽にノッて踊りました。
お互い目を真っ赤に腫らして踊りました。
リズム感の無い僕らは何度も転びながらも作り笑いをして踊りました。

月が真ん丸に輝いています。





注:今回もほぼ実話。