『胴斬り』


いっぱいの運びありがとうございます。
最近の親御さんってのは、子供に刃物を持たせないようですなぁ。子供が包丁なんか持ったりすると「こら、危ないからよこしなさい!」なんて言ったりして刃物を取り上げてしまう。私が小学生の頃なんて学校に入ると教材の中に小刀が入っていて、最初の授業なんて鉛筆の削り方なんてなんてやったものですがどうやら、今はシャーペンが主流のようでそんな事やらなくなってしまったようですな。昔はその小刀で鉛筆削ったり、竹を削って竹とんぼ作ったりしたもんですよ。そりゃあ、たまに手元がくるってケガなんかしたりしましたが、それが刃物の危なさを実感させてもらったもんですよ。刃物を子供の手から離すのではなくて実際に危なさを実感してもらった方が分かってもらえると思うんですが……。まぁ、なんとも。

あるところに材木屋で働くタケとブンタってのがおりましてね。タケは働き者でせっせと働くんですが、どうもブンタのヤツが……、どんな会社にも一人ぐらいはいると思いますが、なに考えてんだかぼーっとして何もしないやつヤツでしてな。地震があったりするとタケのヤツは「おぉ、さっきの地震は大きかったねぇ」なんてすぐ気づくんですが、ブンタのヤツはいつまで経っても気付かない。こりゅ、逆に肝っ玉が据わっているんじゃないかって感心した所で、「さっきの地震……」なんて言ってくるわけですな。
ある日、タケとブンタが二人で大きな材木を回転のこぎりに入れて切断していたわけですわ、昼になり「おぅ、ブンタ!そろそろ昼飯にしようや」とタケは材木をそこらへんに置いて事務所弁当を食いに戻ったわけですよ。弁当を全部食い上げて、先輩が置いていったヤンマガを読んで、一服してもブンタが帰ってこない。時計を見ればもう一時間も経っている。不審に思ったタケは作業現場に戻ってみるとブンタのヤツは作業台の影に寝転がっている。
「おい、ブンタどうしたんだい?昼休み終わっちまうぜ」
「おぉ、タケいいところに来てくれた。ちょっと、俺の足探してくれよ」
「何言ってるんだい。おめぇさんの足なら……」
近寄ってブンタを見たタケはびっくりして尻持ちついた。ブンタの下半身がきれいに無くなっている。
「おめぇさん下半身どうしたんだい?」
「あぁ、実は、喉が渇いたんだけど、手元に水が無くてな。最近、水圧カッターてのが入ったじゃないか」
「おう、社長が大枚はたいて買った水圧でなんでも切れるアレだな」
「その水圧カッターの水飲もうとしたら、ちょっと足滑らしてしまって……」
「滑らしてって、おめいさん痛くないのか?」
「最新技術はさすがだよ。全く痛くはないんだが、足がどっか行っちまって」
タケがキョロキョロと当たり見渡すとテクテク歩く下半身があった。
「大丈夫だ、おめいさんの下半身ならあそこで元気に歩いているぜ」
「胴体真っ二つなのに元気ってことはねぇ……。おう、元気そうじゃねぇか?おい!足!!ちょっとこっちこいよ!」
ブンタがそう言うと足は方向を変えてこっちに歩いてくる。
「おめぇさんの足は頭いいんだな。」
「あたりめぇよ、なんせ俺の足だぜ。とにかくこれじゃあ仕事ができねぇ。タケちょっと俺の家まで運んでくれよ」「おう」
タケはブンタの上半身を背負った。
「おい、おねぇさんのケツがねぇから手がかけられねーよ。腕だけでしっかり掴んでくれよ。よいっしょっと、それで足の方はどうすんだい?」
「足は俺が口で言って誘導するからよぉ、とにかく俺んちまで頼むわ」
タケは真昼間の道をブンタの上半身背負い、上半身の「おい、速く走って来い!犬なんか蹴っ飛ばせ!!次は右だ。車に注意しろ!!」なんて命令に下半身は忠実についてくる。
「ごめんください。おかみさんいますか?」
「あらあら、タケさん今日の仕事終わったの?」
「そうじゃあ、ねぇーんですが……」
おかみさんはタケの後ろに背負われるブンタを見て激怒した。
「あんた。昼間っから酒呑んで!!それで酔いつぶれてタケさんにおんぶされて帰ってきたの?!」
「おかみさん、そうじゃあねーんだよ。まぁこれ見てくれよ。おい、足も家の中入って来い!!」
タケはブンタを下ろすと足を家の中に入れた。
「あらら、あんた身長が高い事を自慢していたけどずいぶん小さくなったものね。それに足…なんだい?義足だったのかい?」
「それはですね。まぁ、俺はこうやってブンタ家に送っていったんで仕事戻りますわ」
タケはこれが無断外出になると思い出し、ブンタと足を置いて仕事場に戻った。
その後、仕事が終わったタケはブンタが気になり帰り道ブンタの家によった。
「ごめんよ。おぉ、おかみさん!どうだいブンタ?やっぱり不便で困っているかい?」
「それが、部屋にこもっては『恋のマイヤヒ』を大音量でかけて、大声で笑っているのよ」
「そりゃ、あぶねぇなぁ。おうおう、ブンタ邪魔するぜ!!」
「おぉ、いいところに来てくれた。これ見てくよ。」
そう言って、ブンタはラジカゼのスイッチを押すと、部屋中に大音量で『恋のマイヤヒ』が流れた。そしてそのリズムに乗って足が踊りだした。
「面白いだろ?この足なんでかしらねえぇけど『恋のマイヤヒ』に合わせて躍るんだぜ。」
「こりゃあ、確かにスゲーけど。おめぇさん、この後どうやって働くか決めてるかい?」
「そりゃあ……こんな体だからな。もう材木屋には戻れねぇし…」
「そうだろ。それでだ!俺がいい仕事紹介してやるよ」
「そりゃ、なんだい?上半身だけでも出来るのかい?」
「出来るよ、今のおめぇさんには最適の仕事だよ。」
「なんだいそれは?」
風呂屋の番頭さ、あそこなら座って金貰っているだけでいいから簡単な仕事だろ?」
「いいねぇ。それはいいけど、この足はどうすんだい?家の中に押し込めておくのは可哀想だし」
「分かってるって、この足にも仕事をしてもらおう」
「ほんとにおめぇさんはいいヤツだな。それで、足の仕事は?」
「駅前のうどん屋でうどんのタネを踏む仕事さ」
「おぉ、そりゃいい仕事だな」
そんな感じで、上半身は風呂屋の番頭に、下半身はうどん屋の裏でうどんにコシを出すためにうどんを踏む仕事を始めたわけですな。
そんな事があってから数日後、タケはブンタの様子が気になり、風呂屋に出かけました。
「おう、調子どうだい?」
「おお、タケ。いやぁ、この仕事はほんとに最高だ。風呂屋の親父さんもお袋さんも優しいし。こうやって風呂代を貰うだけの仕事だし、ここから動かなくてもいいように後ろに蒲団まで敷いてくれているんだぜ。本当に仕事回してもらってありがとな」
「そうかい、そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ。」
「それで、一つ伝言を頼まれてくれないかい?」
「おぉ、いいよ。誰になんだい?」
「それが、番頭にいつもいると湯気で目がかすむんだよ。それを親父さんに相談したら足ツボマッサージをしたらいいって言われたんだけど……。俺ってこうだろ?」
「足のないヤツに足ツボマッサージって!そりゃ無理だな。ようし、いいぜ俺がひとっ走りしてうどん屋の足に言って来てやるよ」
「すまねぇ、ありがとよ。風呂は入んないのかい?」
「あぁ、言った後に戻ってくるからそん時にな」
タケはそう言うと駅前のうどん屋に向かい、うどん屋のマスターに足の居所を訊いた。
「タケさん。本当にいい足紹介してありがとうございます。なんせ、アイツ、無駄口は叩かないし、余所見はしない。本当に真面目な足ですよ。こんど、またいい足手に入れたら回して下さいね」
「そんなに足があったらやべぇだろ。そうかいそんなに働くのかい。そりゃよかった。それで足は何処に?」
「厨房の奥にいますよ。なんせ足だけだ。店前には置けませんからね」
タケは厨房に入り奥に進むとせっせせっせとうどん粉を踏む足の姿があった。
「おう、お前さんも元気そうだな」
「タケさんのおかげです」
「えっ、もしかして、おめぇさん、喋れるようになったのかい?」
「はい。おかげさまで……」
「お前さんの何処に口があるんだい?」
「えっ、それは……」
「あぁ、わかったよ。おまえさんが喋るたびに臭い匂いがするからな」
「す、すいません……ブッ」
「屁をするのか喋るのかどっちかにしろよ!!」
「すいません。あのブンタさんに伝えて欲しい事があるんですけど」
「おう、なんだい?」


「ブンタさんが水を多く飲むもんだから小便が近くて仕事にならない」


お後がよろしいようで……。



と、今日もまた、NHK教育TV「日本の話芸」より桂 三光『胴切り』を現代風に書いてみました。
落語は難しいです。あと、文章を書くことも同様です。

つかれた。