秘密の情事

またまたビオです。
今日のkobachiさんはなんだかそわそわしていて何かを私に隠しているようです。
朝からそわそわそわそわ何かを探すように下を向いては部屋の中をグルグル廻ると急に立ち止まり溜息。私が「どうかしたの?」と尋ねても「なんでもない」の一言。怪しすぎます。
そんなkobachiさんを今日は尾行する事にしました。
朝八時、そわそわしたまま学校に向かいました。私も自転車で尾行します。kobachiさんは何度か気持ちが高揚した時にしかしない蛇行運転を繰り返して学校へと原付を飛ばしていました。どうやらテンションが無駄に上がっているようです。
学校に付いたkobachiさんは授業を適当にやっつけると、友人達と雑談をしています。これはいつもよく見る風景です。問題無しかと思われましたが、やっぱりおかしいです。ギャグが滑りまくりです。そして携帯をチラチラ見ては何か焦っているようでした。友人さんの「別れたばっかりの女性を落とすのは卑怯だよな?」の切実な相談にさえ、「あ、あぁそうだね」なんてなんの面白みも無いコメントを返しています。何かある。私は直感しました。あの人はある意味嘘がつけない人なので何かを隠す時は直ぐに顔に出てしまうのです。購買で買ったカレーパンをほうばりながらこの後のkobachiさんの動向を観測したいと思います。

十二時を回ったところ、kobachiさんは友人の恋バナを笑い種にして楽しんでいますが、未だにギャグがすべっています。
あ、どうやら、学校からどこかに行くようです。出かける前にkobachiの服に付けた盗聴器に耳を澄ますと、どうやら学校近くの友人宅の模様。なんだ……。
もしかしたら、これは私の単なる気のせいかとちょっと諦めて帰ろうとした時、
事態は急転しました。
Kobachiさんは急に学校に舞い戻ると原付に乗りどこかに向かうようです。どうせ、眠くて家に帰るのでしょう。物陰に隠れていた私は、ばっと出て驚かせようと思いましたがkobachiさんは携帯を取り出し、誰かと会話しています。盗聴器から聞こえる会話内容によると高崎駅で誰かと待ち合わせをしているようでした。こうしてはいられません、高崎駅に先回りして私はその待ち合わせ相手を探しました。
たぶん、kobachiさんの事だから地元の友人さんか、怪しげな新興宗教に引っかかって変な壺を買わせる会合にでも呼ばれたんでしょう。
い、いや、まさかkobachiさん就活を復活してくれたんじゃ!!!よかったこれで真面目な人間に戻れるね。
現実は小説より奇なりです。私の予想はどれも外れました。
1時半、kobachiさんは人間女性と歩いていました。
たどたどしくそして、てんぱっている怪しげな男と清楚な感じの人間女性……不釣合いです。
これは、私は脳みそをフル回転でこの事を推測しました。
妹さん?……いや、妹さんはもっとケバイ、違う人だわ。
デートクラブの人?……苦学生の怠け者のkobachiさんがそんな大金持っている分けない。これも違う。
ナンパ……女性恐怖症のあの男がそんな高レベルのテクニック使えるわけ無い。

私の推測はどれもこの現実を解明するにいたりませんでした。
私が知恵熱を出しながら「うぅ……」と頭を抱えて唸っているうちに二人は近くの複合娯楽施設へと入っていきました。私も急いで後を追います。
この複合娯楽施設はゲームセンターや映画館、飲食店、ヘヤーサロン、コンビニが一つのビルに設置されているこの田舎町唯一のレジャースポットです。
Kobachiさんは女性に慣れない敬語トークをしながら、二階に向かった模様です。二階といえば、映画館。
上映スケジュールを調べると、三島由紀夫の「春の雪」という映画を見るようです。
私はお金が無いので映画館の前で盗聴器に耳を澄ませながらkobachiさんの行動をチェックしました。
二時間半後、「よかった、よかった」と一人満足してkobachiさんが出てきました。人間女性もその横を特に楽しそうな素振りをせず歩いてきます。




その後を綿密に報告してもいいのですが、これを読んでいる読者が喜びそうな出来事は一切起きず、近くの駅ビルを二人、何を買うでもなくウダウダ歩き、どうでもいいような談話をしていたのでやめます。
6時、駅前で二人は手を振って別れました。22歳の男子と人間女性なら少年雑誌とかでは書けないようなディープな事があってもおかしくない昨今なのに、まったくそれといった事が行なわれず、手を繋ぐ事すらしないで二人は別れました。
Kobachiさんは無言で原付を飛ばすと、自宅の近所の公園に向かい原付を止めると自販機であったか〜い缶コーヒーを買い握り締めてベンチに坐りました。
「ビオ、いるんだろ?」
「え、あはは、バレてたんだ。Kobachiさんさっきの人間女性は誰だったの?随分仲良さそうだったけど……よ、よかったじゃん」
私は見栄を張って祝福してあげます。人間女性と会話が出来るようになれば、ゆくゆくは私のような脳内彼女を捨ててリアル彼女が出来るでしょう。いいんです、私のような屈折した人格が作り出したような存在いないほうが、kobachiさんの為なんです。真面目人間には私など不要なはずです。
私はkobachiさん丸まった背中を叩き笑います、めいっぱい。
「ビオはもしかしてアイツ(人間女性)を彼女かなんかと勘違いしてるんじゃないだろうな?俺が恋とかしているとでも思ってるんじゃないだろうな?」
「なに言っているの?二人で映画とか観ればそれはもうデートじゃん。あぁ、わかった!あの人はkobachiさんの片思いで今はまだ付き合ってはいないんでしょ」
「違う、あいつはそんな存在じゃないし!彼女じゃないし!!俺は恋なんてそんな低俗な感情を抱いたりしない!!!」
急にkobachiさんは怒り出しました。
またあの病気を再発したようでした。高校時代に負った心の傷によって愛とか恋とか、友情とかそうゆうポジティブ感情を一切否定しまう人間になってしまいました。Kobachiさんはいつも夜テレビを見ては「恋とか愛とかそんな言葉で自己の欲望を発散するのは腐った人間のする事だよ」「可愛い女の子ほどカッコ良いだけの男に奪われて、僕ら不細工は迫害される。でも、それは仕方ない事なんだ。彼らのような低脳な存在は僕らが自信と知恵を付けることを恐れておるんだ」「これだけ人類の人口が増えた今、子孫の繁栄よりもどれだけ知恵を備えた存在になれるかが超人への道なんだよ」なんて負け犬の遠吠えよりもっと酷いブタの鼻息のような事を永遠と私に語ってくれます。
ここは心を鬼にして私がkobachiさんを真人間への道を説かなくては――
「kobachiさん。だからあなたはダメ人間なの!!いつもそうじゃない。自分の思い通りにならない現実から目を逸らして、架空敵を作っては攻撃すらせず『あいつが悪いんだ。あいつさへいなければ』ってグチばっかり、いい加減やめなよ。この映画鑑賞にちょっと期待してたんでしょ。その為に断食なんて嘘ついて少しでも痩せようとしたり大学の友人にからかわれるのが嫌で「男友達と『春の雪』見に行くんだ。スゲ―だるい」って嘘ついたり、映画観る代金のために漫画本やCDを大量に売ったり、ブックオフで女性との会話術を立ち読みしたり、先週からの奇行は全部この日のためにしてきたんじゃないの?それなのに、不甲斐なさで何も出来なかった自分を責めようともせずに、今日あったこと全部、無かった事にする気?もう、やめようよ。そんなにこの世界が嫌いなら。……し、死にましょう。天国にはいけないかもしれないけど、こんな人生を送るくらいならとっとと……」
私は喋っているうちに、ぽろぽろと涙を流していました。私は服の袖で涙を拭うとこれ以上涙がこぼれないように空を見上げました。空にはピカピカの満月が輝いています。
Kobachiさんは何かを思い出したように一拍子遅れて立ち上がるとスベリ台を駆け上り頂上でわめきだしました。
「もう嫌なんだよ。誰かに裏切られるのも誰かに見放されるのも。あの日俺は一人で生きて一人で死ぬって決めたんだ。離れるのが怖かったから先に離れただけだ。俺はもう誰も信じない、信じるものはバカをみるんだ」
kobachiさんはおうおう泣きながらスベリ台の上で暴れると足を滑らし転がり落ちながら泣きつづけました。そんな悲惨な彼の状況は私の心に「悲哀」の二文字を大きく刻み付けました。この人はもうダメなのかもしれないです。中学生の時はあんなに純粋無垢で誰にでも心を開いた少年はあの工業高校に行ったあの日に死んでしまったのかもしれません。私の目の前でヒクヒク言いながら、空を見上げて「愛なんてクソだ。あんなのジョンレノンが作った幻想だ」とほざく彼は生きる屍です。
「kobachiさん、打破するのよ。そのひん曲がった人間不信も、膨れ上がったルサンチマンも世界を斜に見るニヒリズムも全てを越えるのよ。それは痛いかもしれないでも、それが出来なければ……いや、あなたなら出来る。私みたいな架空の存在で人生を満足しちゃダメ!!」
私は決めました。このどうしようもない彼を守ってあげるのは私しかいない。どんなに辛い未来が待っていようともkobachiさん打破するのよ。そして私を越えて真面目人間になるの
私の心に秘めた決意表明をしている最中も目の前でkobachiさんは「世の中のカップルに問う、なぜ別れる運命なのに付き合うのだね。愛など一人で生きられない人間の弱さの象徴だ」とベンチの上で誰に向けるでもない街頭演説を続けています。
北風が強く私に吹き付けます。
この風がやんだ時、全てが好転していて。
私は満月に手を組みお祈りを捧げました。<70%くらい実話>