探偵事務所開設?

便器に座りながら、耳につけたイヤホンから流れるニルヴァーナSmells Like Teen Spirit」、右手に持つ新書版舞城王太郎煙か土か食い物」指先に感じる装丁のゴツゴツとした蛇革風の表紙。暴れる文体に目を通しながら時折口ずさむ。


俺カッコいい。
なんだか、凄くアウトローな感じがする。次世代の濱マイクになれそう。
と、悦に入りながら便所で脱糞と音楽鑑賞、読書の三方を同時進行している俺。これで服装がレザーのパンツ、真っ赤なシャツの上に鮫革のジャケットを着ていれば、完璧に彼女が出来るな。
そうさ、この後便所を出れば、きっと美少女が俺の元に厄介事を頼みに来るんだ。


「す、すいません。ここって探偵事務所ですよね」
濡れ鼠になりながら我が家の玄関に立つ美少女。俺は一瞬驚きながらも冷静を装い、そっと洗面所に向い洗面台の下の棚から抜き取ったタオルを持ち玄関に戻る。美少女はワンピースの裾を絞りながら俺を目視すると手を止める。タオルを渡す俺。美少女は軽く会釈をしながら受け取り黒く長い髪を拭く。
「えぇ、っと。仕事の依頼で来たんですけど……」
美少女は何か訳ありなのだろう。いや、訳ありが無ければこんな辺鄙な場所の探偵事務所に来るはずなど無かろう。
「どういったご用件で?」
「父を探して欲しいんです」
美少女の体はずぶ濡れでタオルで拭ききれるはずが無い。足元に広がる水溜りを見つめ、俺は彼女にシャワーの利用を促した。彼女は申し訳なさそうに微笑むとグズグズに濡れた靴を脱いだ。彼女をシャワー室に導き、俺は彼女が歩いた後に残こる水の足跡を拭いた。


リビングで、さっきの本の続きを読んでいると、美少女は昔同棲していた女が残していった柄の悪い服を着てリビングに入ってきた。俺は本を閉じキッチンに準備してあった熱いコーヒーを持ってくる。
「あぁ、ありがとうございます」
美少女はあい向かいのソファーに座ると震える手でマグカップを掴みゆっくり飲み始める。さっきはあまりの突然の登場に気が動転してよく見ていなかったが、よく見ればこの依頼人が身に付けている装飾品はどれも高価なものだ。どうやらいいとこの出なのだろう。これなら依頼料も期待できる。
「それで、仕事の事なんだけど……」
「そうですね。その依頼なんですけど、父が先週の月曜から行方不明なんです。会社に行ったきり消息が不明になってしまって。会社にも家にも連絡が無くて、お願いします父を助けてください」
「助けて?」
「あっ、その……」彼女の顔は分かり易く渋った。
「行方不明者を探す事に『助けて』はおかしくないか。こんな都会のど真ん中で遭難はあり得ないし、君もしかして父親の消息に心当たりがるんじゃないの?」
「それは……、お金は出しますから何も聞かずにお願いします」
「そんな裏がありそうな仕事危なくて受けられないよ。それにもし本当に行方不明なら警察にでも行けばいいじゃないか」
彼女は口を閉じた。やはりこの仕事には何か大きな裏がある。警察にも行けない理由からすればきっと法に触れる事態なのだろう。俺はテーブルに置いた本を手に取り、足を崩して本を読み始めた。沈黙の中にページを捲る音のみが響く、横目で見れば美少女は俯き加減にマグカップを見つめる。俺が目線を本に戻したその時だった。
突如、爆音と共に地鳴りが起き玄関の扉がブチ破れてジープのボンネットが俺の視界に飛び込んでくる。車が俺の家に突っ込んできたのだ。驚き慌てふためく俺をよそに美少女はしかめっ面をして
舌打ち。何が何だか分からない俺の胸倉を掴むと彼女は叫ぶ、勝手口は? 唖然とする俺は驚きから声が出ず勝手口を指さすのみ、ソファーを飛び越えてキッチンの横の勝手口に疾走する美少女の後ろ姿を見とれていると、ジープの中から白と青のストライプ柄のスーツを着た男が現れる。右手に持つ黒光りするL字の物に見覚えがある。俺はソファーから転げ落ちると彼女が向かった勝手口に走った。
ヤバい事件に巻き込まれたようだ。
勝手口の外でブロック塀を乗り越えようとする美少女を捕まえると、表に置いてあるジャンク寸前のカウンタックに乗り込み、その場を走り去った。
家から数キロ先のコンビニの駐車場、事務所の方向に向かい走る消防車が自宅が燃えた事を物語っていた。助手席に乗る美少女は雨と恐怖で震えていた。




長い、俺の妄想は異常に長い。でも、これでも短縮した方だよ。ここから悪の結社との対決や美少女の父親を探し出して大企業の汚職事件に繋がったりするんだから。そんで最後は父親が美少女を守ろうとして殉職して、血の繋がった唯一の家族を亡くし天涯孤独になった美少女が俺の新しい事務所に助手として俺の承諾無しに勝手に住み込み始めて、そこからラブコメしていたら、新たな依頼者が登場。(つづく)まで、考えていたから。


暇人だね。折角の日曜日をこんな妄想で終わらせるなんて……。