小松響子aka.トランポリンガール

観点の問題だ。


もし、君が道を歩いていた時、あわてた顔して大空を指差しているサラリーマンに出会ったとしよう。
君は何を見る? ある人はそのサラリーマンの指先を見るかも知れない。またある人は、その指の指し示すビルの屋上を。またある人はそのビルの屋上で今にも身を投げそうになっている女性を。またある人はその自殺志願者の背景に広がる大空を。もしくはある人は全く興味が湧かず、そのサラリーマンを一瞥して手元にある携帯に目を戻すかもしれない。
ただ、小松響子は違う。
小松響子はその先を見る。大空の先を、そう大宇宙を見る。






「あのさ、ちょっと行ってくる」
小松響子はそう言うと鞄を置きその場で屈伸運動を始めた。
「お前さ、勝手に跳んじゃいけないんだろ? また久保井さんに怒られるぞ」
「だって、このままじゃあの人死んじゃうよ」
「だけどさぁ、お前が行かなくてもそろそろ警察が来るんじゃないか?」
と、俺が言った所で意志の固い悪く言えば頑固者の響子は耳を貸さず、響子は、よっと。と軽く掛け声を出すと上空高くにジャンプした。ここからが日本政府にマークされている人間規格外人物小松響子の特異だ。その跳躍はあっと言う間に上空50メートル付近に達する。
「響子、跳びすぎ跳びすぎ。ビルの高さなんてたかが16メートルだろ」
俺は声を張り上げて空の粒と化した響子に叫ぶ。もちろん、聞こえるわけがない。
響子の姿が次第に大きくなりその落下するスピードから空気を切り裂く音が鳴り響く。
音が大きくなり、ドンっと鈍い音と同時に屋上から手を振る響子が見える。周囲の野次馬が響子の姿を確認すると、おぉ。とか、テレビに出てるあの子じゃない?とか、嬌声と歓声があがる。なんとも現金な奴らだ。さっきまで自殺志願者の女性に興味を抱いていたはずなのに、有名人が現れたとたん手のひらを返すなんて。
雑踏の中、数分しないうちにさっきまで自殺を志願していた女性が階段を使い降りて来た。顔を赤らめて周囲の人に「ご迷惑をかけてすいません」と謝罪の弁を言いながら頭を垂れている。
はて、響子は?
俺がそう思い、空を見ると鳥にしては大きく、飛行機にしては小さい影が大空を断ち切るように飛び去っていった。
メールが届く。
”先に帰ってるよ”
俺は、響子が忘れていった鞄を持ちながら帰ることにした。


ここからがこの小説『小松響子aka.トランポリンガール』である。大空を自由に跳び回れる驚異的な跳躍力を持つ女子高生「小松響子」の恋あり、夢あり、アクションありの青春エンタ。


と、なる予定だ。




1.
家に帰ると、久保井さんは居間で耳まで真っ赤にしていて仏頂面をしていた。
「ただいまぁ。って、どしたの? 久保井さん」
「どしたもこしたもないのよ。響子ちゃん、また許可無く空飛んだでしょ?」
「あはは、緊急事態でさ」
「どんな緊急事態でも電話の一報でも入れてから跳んで頂戴」
「ごめんごめん、そんなに怒ってばかりだから彼氏に逃げられるんじゃないの?」
「怒らせてるのは響子ちゃんでしょ」
久保井さんは、政府から派遣されたお目付け役である。
私がある日、全力で跳ぶと何処まで跳べるのか気になり、力一杯跳んだ時、あまりに飛びすぎてしまい航空システム引っかかり一時日本中の管制塔がパニックになり、新たなテロと誤認されてしまって以来、私が勝手に跳ばないように監視している。
「じゃあ、響子ちゃんに宿題」
宿題というのは、私と久保井さんとの間で存在する隠語で、私が勝手に跳んだ場合に於ける後処理、ようは反省文兼報告書&始末書の記入である。
「はいはい、書きますよ。何枚だって何百枚だって」
「響子ちゃん。そうゆう態度がいけないの。一応反省文も含まれているんだから、もう無許可で跳びません。という心持で記入してもらわないと」
「へいへい……」
シャーペンをくるくる回しながら気だるそうに言った。


宿題を書き終えると、同時にチャイムが鳴った。そして玄関の引き戸を開ける音。
「こんにちわ。響子いる?」
この声はあいつだ
「はいはい。なんか用?」
「お前、跳んで帰るのは勝手だけど、鞄をその場に置いて帰るな」
そう言って、彼は私に鞄を渡してくれる。
ごめんごめん。なんて一応口だけ言っておくが、鞄を忘れた事を帰宅中に思い出したが、彼ならきっと私の家に届けてくれると踏んでいた。私は悪い女だ。
「お茶入れるけど寄ってく?」「あん、遠慮しとく。この後バイトなんだよ」「そっかそっか、ほんとありがとね」「お前全然感謝して無いだろ?そうゆう軽いノリ俺は嫌いじゃないけど。人によっちゃあ信頼失くすぞ」「はいはい、肝に命じておきます」
彼とは、世に言う幼馴染という奴で、私がある日人よりも跳躍力がある事を知った時、最初に私を認めてくれた人だ。彼曰く「空を飛ぼうが、地面を潜ろうが、百万馬力になろうがお前はお前じゃん」らしい。ちょっと変わっているのか心が広いのか分からない。こんな人外な能力を持つ私の理解者。彼氏にしてあげようか?と言ったら、面倒臭いのは嫌だと言われてしまった。恋愛なんてどんな形式だって面倒臭いものなのに、彼は一生彼女は出来ないだろう。もったいない。かといって彼がもしOKをだしたらそれはそれで困った事になった訳だが。
玄関に置かれた鞄を持ち上げると、二階の自分の部屋に行く。部屋は夕日に照らされて一面赤く染まっている。私は窓から見える夕日が好きだ。屋根と屋根の間に沈む夕日も好きだが。ここから西に5キロほど行った所にある鉄塔から眺める夕日は邪魔するものなんて遠くにある山くらいでとても綺麗だ。
居間に戻ると、久保井さんが宿題を封筒に入れて一息ついていた。
「それで、今日の予定は?」
「えぇーと、今日はラジオの収録と……って、なんで私響子ちゃんのマネージャーみたいなことしてるんだろ? こんな筈じゃ……」
久保井さんは肩を落として、今まで何の為にエリートコースを走ってきたのか自己に問いかけていた。
「えぇーと……」
私からどんな励ましの言葉を言っても当事者の私からでは「あんたのせいでしょ?!」と言われてしまわれそうで言葉に詰まる。
「これから、一生響子ちゃんの面倒を見なくちゃいけないのかなぁ。同僚が出世しても、結婚しても、幸せな家庭作っても、私は都心からかけ離れたこの場所で響子ちゃんのスケジュール管理して、宿題を書かせて……ブツブツ」
こ、これはもう手が付けられない。
まるで怨霊のように未来に対して呪詛を吐く久保井さんにかなり引き気味になっている私に、救世主が現る。それは我が家の大黒柱。私理解者No.2。父。
「ただいまぁ」
「いいとこに来た。ちょっとお父さん助けてよ」
「なになに? うわぁ久保井ちゃんどうしたん? まるで牛刻参りに行くみたいな顔してんじゃん」
「落ち込んでるみたい。ほら、久保井さんってエリートじゃん。エリート一家の長女じゃん。それが何の因果かこんな田舎町にいる事に嫌気が差したみたい」
「そうか、そうか、我が家には縁の無い高レベルな問題だな。しかしながら、響子よ。こんな問題にも我が小松家の歴史を持ってすればわけなく解決出来る」
「さすが小松源蔵」
お父さんは久保井さんの両肩を強く掴み、久保井さんの脳漿を透かして見ようか思わせるくらい久保井さんの目を直視する。そして囁く。
「結婚しましょう」
時が止まった。



数秒後、久保井さんの物腰の柔らかい拒否の言葉によって世界はまた動き出したのだが、私は呆れて言葉が出ず、久保井さんを引っ張り上げて今日の予定にあるラジオ局に向かった。


「呆れた。めちゃくちゃ呆れた。小松家の歴史ってナンパの歴史なの?」
ラジオ局に向かう車中で運転する久保井さんに愚痴ると、久保井さんはクスッと笑いながら言う。
「でも、なんか嬉しかったかも」
「じゃあ、結婚するの?」
「それはどうかな? でも、百の励ましより一つの愛の言葉が勝ることもあるものよ」
「愛の言葉か……。あの人もそうなのかな?」
「あの人って、空で逢った人?」
「そうそう、ねぇ、政府関係者なんだからちょっろと権力を行使して調べてよ」
「あはは、それは無理無理。第一私なんかじゃそんな権限持ってないし。いつか逢えるよ。響子ちゃんがこんなに有名になった今じゃ、きっとその人は響子ちゃんの事知っているだろうし、後はタイミングだけ」
そのタイミングってのが一番難しいんだよ。その人が私の事知ってても私の前に姿を現さないって事は、私に興味が無いのかも知れないし、他に好きな人がいるかもしれないし、もしかして彼女とかいるかもしれないのに。もし、そうなら私の一人相撲じゃん。