終わりの無いのが終わり

世界の終わり。
終了の世界。
昨日に続き今日もぼーっとしていた。
僕は終っていた。綺麗に終わっていた。未来を夢見る事もできず、芳しき過去にへばり付いていた。
夢を見た。これは将来や未来に関する方でなく、睡眠時に見る方の夢だ。


夢の中の僕は走っていた。
走る目的は明確に分かっていた。
緑の草葉が生い茂る草原をただがむしゃらに走り、小高い丘の上に彼女はいた。
小学校中学校と仲良くしていたYさんだ。


Yさんとは、高校こそ違う学校だったが通学路が途中まで同じなのでよく登下校一緒になった。あれは夏休みも近い7月の夕方に下校中の僕は偶然、彼女にあった。彼女は高架下の自販機でジュースを買っていた。僕の声に振り向いた彼女の目は夕日を浴びてビー玉のように澄んで輝いていた事を今でも思い出す。最後、僕らは互いを男女と意識していたのかしていなかったのか分からないまま、他愛も無い喧嘩で絶縁した。今では連絡の取りようにも方法がない。


夢の中のYさんは、時代劇に出てくるような浪人の姿をしていた。刀も携えていた。
周りにも数名の人間がいたが、そんなコスプレをしているのは彼女だけで他の人々はジーパンに真っ赤なTシャツといった極々現代的な姿だった。
僕は彼女の元に駆け寄ると、喋りだした。僕のはずなのに出てくる言葉は僕が意図しない言葉ばかりでまるで誰かに操られているような感覚に陥った。僕が語る言葉こうだ。
「Yさん、こんな新興宗教とっとと抜け出しなよ」「こんな事をしたって、世界は変わらない」「やめろ、無駄な抵抗だ」「歴史を見てみてろよ」「彼らに騙されている」「僕と逃げよう」
口が勝手に紡ぐ言葉を聞いている内に、僕は現状を少なからず理解した。
彼女と周りの人々は新興宗教団体で、いまから大きな権力と戦おうとしているのだと。そして、その愚かさに僕は止めに入った。
僕の口は彼女に「無駄」という意味の言葉をバリエーションを変え縷々と伝えた。しかし、僕の声は彼女に届いていないのか、彼女が僕を無視し続けているのか一向に反応は無かった。僕は事の徒労さに呆れて周りを見た。
周りにいたジーパンに赤いTシャツの人々の顔に僕は見覚えがあることに気付いた。今まで彼女しか見ていなかった僕はやっと世界を把握できた。周囲に取り囲むように立つ人々は、僕の親類であり、亡くなった曽祖父であり曽祖母であり、家族だった。誰もが直立してマネキンのように斜め45度を見据えていた。
何故、気付かなかった。
僕は僕に問いかけた。
僕は血の繋がりを持つ家族を見ずに何故、もう8年も連絡の取っていない女を助けようとした。何故、彼女だけこの馬鹿騒ぎから目覚めさようとした。
回答は得られなかった。
しかし、その後の僕の行動は実行に伴う答えだったのかもしれない、
僕はまたYさんの説得を始めた。
彼女は無反応だったが、僕はしきりに持てる語彙を使って捲くし立てた。
僕はそんな哀れな僕を客観視して説いた。
これだから、僕の人生はダメだったのだ。一方的に自分の思いを喋り散らかして、一向に相手の主張を聞こうとしない。それだから、お前の元から人は逃げていくのだよ。僕はそんな調子だったからきっと一人になってしまったのだ、と。
僕は悲しくて堪らなかった。しかし、説得を続ける僕は「今度、映画館に行こう」や「今日は止めて明日にしよう。明日ならきっと成功するよ」と根も葉もない薄っぺらな言葉を垂れ流している。殺したいほど憎い僕がそこにいるのに殺せないジレンマや、彼女が僕をその刀で切り殺してくれる叶わない願望や、誰にも聞こえない言葉をさも誇らしげに語る僕の愚かさや、夢でありながら僕をここまで追い詰めるリアルさに押しつぶされるになりながら僕は目覚めた。



目覚めて目赤交じりの涙を拭っている時、枕元に置いてある携帯がけたたましくなった。
開くとメールが一通届いていた。
『今日の天気は曇りです』
全てを投げ出してもいいような朝だった。