盲目な僕ら

私はあなたを呪います。
この出来事を見てみぬふりし、手を拱いたあなた達の失態です。
これから書く言葉は彼の冥福を祈るものであり、あなた達への警告です。



彼と初めて出逢ったのは月一度のグループミーティングの時でした。
グループミーティングというのは、アル中や薬物中毒の更正に用いられる手法です。
複数の人間が輪になってお互いの体験や意見を言い合い・認め合う事で相互理解と自己の客観視することによる中二病の認知を目的としてた中二病克服の一環に行われるものです。


私もこの島に来て数度このグループミーティングに参加していましたが、大概の場合自分の妄想や妄言をさも真実のように熱弁して、ほかの者の意見など無視して、相互理解など出来るはずがなく終わります。
ようは、無駄な努力なのですが、この島の運営者は中二病患者の更正を謳っているので建前として行われている模様でした。
多くの人間が自分の主観による肥大化した自己否定と不幸自慢・虚栄心の威嚇を話すなか、彼だけは違いました。彼はゆっくり深呼吸をすると私達を見回し、嘆くように諦めるようにしゃべり始めました。
「君達は何も分かってないよ。この世界には60億もの人間がひしめき合っているんだ。60億の意思が蠢く星での君らの言葉にはなんの悲劇もオリジナリティーも感じられないよ。もはやこの星は終わっているんだ。60億の意思が60億の思想を持とうとする行為に無理があるんだ。何かを始めるためにはまず終わらせることが必要だろ。僕らはそういった趣旨を持つ者達によって選別されたというのに、なんて体たらくだ。君らこそ負け組という言葉が相応しい。勝利者にも成れず、戦死も出来ない生き恥をさらして生きる精神異常者さ」
その言葉を聞いていた他の患者が憤慨し座っていたパイプ椅子を彼に向かって投げた事によって今回のグループミーティングは終了しました。
私は、部屋に戻った後も彼の言葉が心に残っていました。『負け組。勝利者にも成れず戦死も出来ない精神異常者』


それから数日後に彼は死にました。
死因は男子棟からの飛び降り自殺でした。
彼の死はこの島に暮らす全ての人間に水面の波紋のように広まり、雷のような衝撃を与えました。
後日、島内のスケジュールは大きく変更され、中庭にて葬儀が行われました。
春の陽気に包まれた中庭に白い祭壇組まれ、時期的に花の咲かない島で中央に置かれた彼の遺影だけがむなしく置かれていました。
集まった患者達は口々に思いのたけを叫びます。
「彼はあの組織に暗殺されたんだ」「これはプロジェクトの一部なのか?」「8年待った。やっと動く出したようだね」「昨日の夜、木星が強く輝いていた、X星人に彼は連れ去れたんだ。きっとあの棺の中は空さ」
誰も彼の死をリアルに感じていないようでした。
現実を直視できないで狂った言葉を吐く人間を一人づつ殴りたくなりましたが。私自身彼の死を理解できていませんでした。私も狂った病人です。
ざわめく患者の中を黒い傘がこちらに向かって近づいてきました。
私の前で止まった黒い傘を差した人間は傘を少し上げました。それはあの夜に出会ったナイトバードの会長でした。黒い服に身を包み黒い傘を差す彼女は、紫外線を避けると言うより人の目から逃げているように見えました。
「やぁ、今日はご愁傷様」
彼女の目は相変わらずルビーのように赤く輝いています。
「これも君が望んだ結末なんだよ」
私は否定の言葉を返しました。彼女は呆れた顔をしながら「私は殺さないでくれよ。無意識で殺すなんて君は先天性の殺人狂かい?」と言いました。
彼女も彼の死を直視出来ないのでしょうか。
「今日は彼の死を供養しにきたんだ。そして、もう一つ」
彼女は私に手紙を渡すと祭壇に上がり焼香を済ますとまた人ごみの中に溶け込んでいきました。
渡された手紙は、彼の遺書でした。
これを彼女がどうやって手に入れたのでしょうか。いや、そんな事よりも遺書の内容です。

>これを読んでいる人間が善人である事を願う。
>善人である証拠なんていらないが、善人であると思う気持ちを内包する人間であって欲しい。
>僕は今日限りでこの命を絶とうと思う。
>この文章は男子棟の屋上にて書いている。
>四方に広がる真っ青な海を見るとこの島以外世界が存在していないように思える。
>僕はこの島の重要な情報を知ってしまった。
>現代の全ての問題点は現代に『救世主』が存在しない事である。
>『救世主』とは、常人を魅了するカリスマ性と指導力・理想を体現しようとする行動力・誇大妄想を持ち合わせる人間である。
>僕ら中二病患者は何故こんな島に幽閉されるのだろうか? 過度な妄想がゆえに? 社会不適格人格だから?
>答えは違う。
>政府は、いやこれは世界は、僕らの過剰な想像力を使って使役できる『救世主』を作り出そうとしている。
>ぼくらはいわば真の『救世主』を作り出す為のモルモットに過ぎない。


>これを読む善人よ。どうか、この事を多くの人間に伝えて欲しい。島の中の人間にも、海の彼方で暮らす人達にも。



>そして、これは私情だが、患者番号FE40536に、「君の勝ちだ。僕は何処かで君に嫉妬していた」と伝えて欲しい。


これを遺書というのでしょうか?
あのグループミーティングで他の患者を『負け組』と罵った彼の文章とは思えませんでした。彼も所詮はこの島の住民。妄想に取り憑かれていたのでしょうか。



とにかく私はこれから、彼を知る為に患者番号FE40536を探す事にします。



この島で人が亡くなった事実だけはこれをごらんになる皆さんにお伝えします。
早急な救出を望みます。