全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ(サンボマスター)

往々にして人生とは無意味なものである。
そんな一言で始まる私のブログ。
最近の私といえば、何もありません。
自分に対する憤りもなければ、世の中を我が物顔で歩く若者にすら怒りや嘆きも無くたんたんと日常を浪費しています。


そんなクソったれな私が気になることといえば、町田の女子高生刺殺事件。
事件の真相をメディアが明かしていく昨今、加害者のボウズ頭君はいかにもモテない人間だったのだろうなぁと実感してしまう。被害者の少女に中学時代、どうゆう経緯や意図かは分からないけど「試験ガンバレ」の一言で「こ、こいつ俺のこと好きなんじゃないか?」と勘違いしてしまう辺りがなんとも童貞臭いよね。その後も帰り道が一緒で、二人で帰ったりしていたが。高校に入り少女には彼氏や友人が出来るなか、一人友達も出来ず、悶々とするボウズヘッド。でもボウズヘッドは辛くは無かったと思うよ。好きな少女と同じ学校にいるというだけで「お前らは所詮高校からの友達だろうけど、俺は中学からの友達だぜ」という優越感を感じていたはずだし。でも、そんなバカ童貞の妄想は精神を落ち着かせる為にはいいかもしれないけど、おのれの一方的な思い入れを少女に押し付けちゃダメだよね。自分の妄想が現実世界に昇華されない現状に次第に「もしかして、少女俺のこと避けてる?いや、まさかね。たまたまじゃん。そんなわけ無いでしょ。で、でも高校から話してない……」なんてバッド妄想に転化されちゃうからね。
そして……。



まぁ、そんな銀杏BOYZの曲に出てきそうなボウズヘッド。
大槻ケンヂ作品にいたような気がするボウズヘッド。
乱歩の「蟲」の主人公そっくりなボウズヘッド。



そんなボウズヘッドの事件で何を教訓にすればいいのかといえば、
女性は気軽に思春期のガキを応援してはいけないってことじゃないの?
ほら、女性は軽い気持ちで「明日って晴れるかな?」なんて天気予報を見忘れたからお前教えてくれよ。の意味で訊いたって、思春期のガキは、も、もしかしたら、明日晴れたらデートしようとか言われるんじゃない?いや、その後の展開次第では、二人で夜景すら見れてグフフフフ……。
なんて思うんだから。
女性の皆さん、男はメールの一言で過度な期待をするので気をつけてください。



話は変わり、昨日ニュース23をサンボマスター目的で観ていたら、ラテ欄に「町田事件を同年代はどう捕らえる?」と「サンボマスター出演」が書かれていたので、サンボがあの事件に対して何かしらのアクションを起こしてくれるかと思いきや、筑紫さんに「アメリカってどう思います?」「アメリカの大統領が変ると国民の意見も変るってどう?」なんて、俺的にどうでもいい事を質問していたのでガックリ。いや、この後何かしらのアクションを……。と思いきや、アナウンサーさんに「時間なので演奏の準備を……」なんだよ……。でも、サンボの新曲「全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ」はちゃんと聴くといい曲なので許す!!
でも、ボーカル山口隆氏は各番組で「ロックをしていてもモテない」と大槻ケンヂと真逆の答えを言うが、サンボの曲は愛の曲が多いい。山口氏は誰に向けて愛を歌っているのだろう?それとも、アホな私には恋愛の歌に聴こえるが、本来の意図が違う所に存在し世界平和や友情について歌っていたとしたら私は自分が情けない。
ともあれ、今回の新曲は陰陽学のように陽と陰が存在してこそ正しい姿という仏教的な発想が見られる。それはブルーハーツも歌っていたが、『ここは天国じゃないだろ、だけど地獄でもないようだ。いい人ばかりじゃないけど悪い人ばかりじゃない』の歌詞と同じで世界は聖性と俗性、光と影、キレイなものと汚いもの全てはそうゆう、相反する存在によって成り立っており、片方に傾いた世界が一番正しくない。人はどちらも心に存在していい。自己の中に存在する善と悪をどちらも愛すればいい。正義や悪、光や影の両方の側面を持ってこそ真の人間だ!と感じる。
自己の相対する二面性の統合はいままで多くの文学者や哲学者が考えて、私はたまたまそんな内容の本を図書館で借りて読んでいたためかなり気に入ってしまった。



そんな土曜の午後。