耳鳴り

チャットモンチ―の1stアルバム『耳鳴り』を聴いた。
ある音楽雑誌にチャットモンチ―を『女版サンボマスター』と称していたが、記事を詳しくは覚えていないが、推測で言えば、チャットモンチーの外見の微妙さとヴォーカルの力強い歌声に対してそのような風に書いたのだと思う。現に俺もシングルを聴いた感想はそんなモンだった。しかし、アルバムを全て通して聴いた印象は違った。
俺なりに音楽を殺害方法と繋げれば、(なんだか凄い繋がりを思いついたもんだ)
サンボマスターは鈍器による撲殺。あの山口隆の圧倒的な怒声と人が持つ偽善を打ち砕く歌詞は正しく聴いた時に何かに殴られた如き衝撃を与えてくれた。
それに対してアジカンは鋭利な刃物による動脈切断。独特の世界観の中で冬の空気のような鋭さを持つ歌詞にヴォーカル後藤の全てを何処かで諦めているような切なさを持つ歌声は俺にいつも冬の寒さと春を待つ心を思い出してくれる。
そして、チャットモンチ―だが、歌詞の内容を紐解けばサンボのような青春よりも何処かそこからは一足進み、大人になった女性の姿が思い浮かび、アジカンのような冬の空気までは行かずとも今日のような熱気が充満する曇りの日。心の中では熱意を求めるが自分の位置やアイデンティティを信じられない移ろぐ魂が表されている。殺害方法で言えば、果物ナイフによるわき腹への一刺し、その後誰も見つけられず大量出血死。って感じかな。
ちなみに、ギターウルフサブマシンガンによる蜂の巣。ミッシェルガンエレファントは感電死。ナンバーガールは薬品による中毒死。ブランキジェットシティーは暴走車に轢かれて圧死。Xジャパンは首吊り。筋少は洪水に飲み込まれて水死。ニルヴァーナリボルバーの暴発による自殺。オアシスは暴漢による殴殺。
って、この感じをこれを読む人に伝わるのかな?

耳鳴り

耳鳴り