ギミー・ヘブン

ようは共感覚の男と人が死ぬ現場にいつも居合わせる謎の「ピカソ」と呼ばれる存在のサスペンス。
しかしながら、どうして邦画とゆうものはこないにサスペンスが下手糞なんだろうか。ストーリーはまぁまぁの出来なのだけれども、監督が悪いのか脚本家の問題なのか知れんが、2時間という時間ではすべての問題が解決されぬまま終わってしまった。確かに全ての謎が解決されなくても視聴者が各々で感じたり考えたりしてくれればいい。といった趣の話はあるが、この作品はそれにしても不親切な話だった。例えば「ピカソ」と呼ばれる存在を主人公が弟分に説明するシーンだって、何故「ピカソ」と呼ばれているか話さないし、弟分もあの画家のピカソと関係があるんじゃないんですか?と一般人なら真っ先に思いつく話を何故か主人公に話さない。つまりは視聴者の俺らは「ピカソ」って何でピカソなん?という謎を延々と抱いたまま観る羽目になってしまい、最後に解けると期待した思いも見事に最後に砕かれて終わる。
今思えば、共感覚というマイナーなモノをテーマにした事自体が失敗だった。
共感覚とは、とどのつまりオリジナリティーの爆発であり個人意識の塊なのだから、その一般人とは違った価値観を視聴者に伝える事はもはや言葉だけでは無理だし、かといってCGを使って視覚的に伝えてもそれは幻影であり、共感覚所持者が見る映像とは圧倒的に差が出る。つまりは俺が今日の空の青さを伝えようとしても、「水色っぽい青」と言葉にしてもそれを聞いた人がイメージする空の青さは違う。なら絵を描いて見せる。さすれば見た人には伝わるが、その描いた空は俺の見た空ではないのだからもはや俺は空の青さを伝えることは出来ない。つまりは異質なる共感覚の感覚を映像化しても文章化しても共有することは出来ない。これはなにも共感覚所持者だけの話ではなくて、人間誰もが価値観は違うのだから分かり合えないことも多くあるのにこの映画はその「共感・共有」を執拗なまでに追いかけすぎてつまらなくなってしまった。と言いたいわけだね。
つまりは、みんな理解してるフリして生きろって事さ。って、まるで俺は馬鹿その者ですね。もっと簡潔に分かりやすく話せちゅーねん。

ギミー・ヘブン スタンダード・エディション [DVD]

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