『古見マドカと必要性』1

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 徹夜でゲームをしている俺に、カーテンの隙間から一条の光が降り注ぎ、もう朝なんだなぁ。とカーテンを開けた先、窓の外、つまりは家先に倒れていたのがゴスロリ服を纏った古見マドカだった。あまりの現実性の無いイベントに最初はマネキンか、等身大の抱き枕が捨ててあるのかと思い、助けに行くという選択肢が浮かばなかった。一旦目線をポーズの掛かったゲーム画面に戻して、はてさてこれはどういったことでしょう?と首を捻って数分後。まるで誰かに諭されたように『助けなくちゃ!』と思い立ち、部屋を出て玄関を開けると祖父が先に現場に着いていて、遅れて登場した俺に言う。
「おい、マメが戻ってきたぞ」
「じいちゃん、マメって去年死んだ猫だろ? 何言ってんだよ。どうみたって人間じゃん」
 祖父は、去年の秋に祖母が死んでから認知症を患ってしまい、時々このように頓珍漢な言葉を言ってしまう。あまりのショックに脳や心がオーバーヒートを起こしてしまったのだろう。「マメ、元気だったかぁ?」訂正、時々じゃない。もっぱらボケている。 
「はいはい、分かりました。とにかくそのマメさんをどうにかしましょ」
 俺は祖父を宥めるように肩をポンポンと叩きながら倒れた少女の元に近づき、生死の確認に口元に耳を当てる。耳の穴をくすぐる様に息が掛かる。よかったどうにか生きているみたいだ。一応念のために脈を図ろうと袖を捲り上げた時、見てはいけないものを見てしまった。まだ真新しい手首を裂く一筋の赤い傷を。


 その後、救急車を呼び、駆けつけた救急隊によって近所の病院に搬送されたマドカ。幸い命に別状は無く数日で退院出来ると担当医に聞かされた。スーパーで買った林檎を持ちながら病室を尋ねると、マドカは青白い顔をしていた。
「元気?って、元気なら病院にいないか。俺のこと分かる?」
「分かる。この顔の事言ってるの。なら大丈夫。生まれつき青白い顔してるから」
 マドカは低い篭った声で答えた。それは不機嫌などではなく生まれつき低い声なのだろう。
「ねぇ、私って必要?」潤んだ目で俺に言う。
「えっ、必要って?」
「私は役立ちますから」
「ちょ、ちょっと何言ってるの?」
「答えて!!」
 唐突な質問に動揺する俺を尻目にマドカは俺の服を掴み答えを聞こうとせがむ。その顔は自分の存在を認めてもらおうと必死だった。
よく分からないが仕方ない。
「あぁ、君が必要だ」
 俺は生まれてこの方このように周囲に流されて、事なかれのような安請け合いにも似た答えを出す。相手の求める答えなど自分の意思が反映されていない為に発言後にその責務に苦しむことを知りながら。