君島直樹は戦慄 5

5.
そうさ、答えなんて最初から知っていたんだ。ただそれを受け入れる。いや受け止める勇気が無かっただけなんだ。
答えを言おう。答えは「マカロニグラタン」
ゆかりのアホな例え話。嫌いとか怖いとかそんな負の感情に怯えてないでちゃんと向き合う事なんだ。例え、それにより命を失う結果になりようとも、向き合わなければ何も始まらない。始まらなければ終らせる事も出来ない。誰かのせいにしたり、目を逸らしても奴は消えないんだ。逆に奴の脅威に一生怯えて暮らさなければいけない惨めな人生を送ってしまう。怖い事は当たり前だ。フロイト曰く、「恐怖」とは理解出来ないモノから発生する。なら理解しよう。


疲労と出血&恐怖からふらつく体で個室を出ると周囲を気にもせず公園の中心に足を進める。いつのまにか振り出した雪の中。僕はさっきまで座っていたベンチを一瞥する。奴はそこにいた。街灯に照らされて奴の足元から黒い影が僕に向かって伸びている。
「そこにいたのかよ」俺の言葉に反応は無い。
「なぁ、お前誰だよ」返答なし。
「さっきの女って誰?」無視。
「ばーか」奴の肩がぴくっと動く。
「怒った?」
その一言を告げた瞬間、奴は猛スピードで僕に向かって走る。早い、もしかして陸上選手?
奴はスピードを保ったまま僕に駆け寄り、右ストレートを飛ばす。
飛ぶ僕。鼻の辺りでピキッと音がして後ろに倒れる。痛いという気持ちよりも、してやられたぁ、先攻取られたぁ。という後悔。
見上げる僕に奴は容赦無い。包丁を左太ももに数度突き出す。暖かい。そして遅れて痛み。
余りの痛みに子宮にいる胎児のように体を丸める。奴といえば容赦なく僕を蹴り続ける。痛みに耐える僕の前を、正確にいえば公園の前の道を赤い車が牛車のような足取りで走ってきて公園の入り口で止まる。まさか、僕を探しにゆかりが……。蹴りによって揺らぐ視界ではその車がBMWなのか、また運転手がゆかりなのか確認できない。このイカれた男に、「ちょっと待った。あの車知り合いの車かもしれないからちょっと確認してきていい?」といった所で承諾されるとは思われないし、もしかしたら逃げようとする僕に嚇怒して、手に持った包丁でトドメを刺そうとするかもしれないし、最悪の展開、その車に乗る存在を目撃者と看做して更なる惨劇・流血が起るかもしれない。とにかく奴にあの車に気付かない事だ。
僕は奴の単調な蹴りを一瞬の隙に掴み、不意に掴まれた動揺に漬け込み、空いていた片足も掴む。こうすればもう奴は僕を蹴ることは出来ないし、両足の動きも封じる事が出来る。
もがきジタバタ暴れる奴を見上げて笑う。
「お前ってさ、自分の思い通りにならないと嫌なタイプだろ?だから、女に逃げられんだよ。自分のダメな所分かってるくせに治さないなんて真にダメだろ」
奴は舌打ちをして包丁を握る手を上げる。
「刺すのか?刺せばいい。これでお前はダメな人生決定さ。まだまだやり直せたのに。僕の死でお前の人生お終いさ」
街灯に照らされて三日月のような光が僕の肩目掛けて振り落ちる。それでもこの手は離せない。離せば終わりだ。さっきの言葉通り、離せば僕はダメ人生決定だ。
奴の執拗な肩だけを狙った攻撃に左手の握力が失われていく、このままじゃ時間の問題だ。もっと向き合え。もっと奴を僕に注目させるんだ。そう思った時、後頭部に痛撃。クラクラする視界に見えたものは木の棒。包丁の柄?意識が朦朧とし始めた時、ブルルルルルゥ……と、エンジンを噴かす音が公園に響く。やっとあの赤い車が発進するのかと思い胸をなでおろして車の方を見るが車は止まった位置から少しも動いておらず、室内灯がついているもののライトは消えていて、とても発進するようには見えない。しかし、エンジン音は鳴り響く。何処から?



エンジン音は次第に大きくなる。いや、その音源が近づいている。奴もその異変に気付いたようでうろたえる。
エンジン音は近づくにつれて、車のモノではなく大型バイクのような重低音で荒々しさを持っていることを知る。何処かで聞いたことがあるが思い出せない。
奴は業を煮やしたのか、僕の手首に刃を当てる。これは力任せに腕を切り落とす気だ。僕は覚悟した、これからの不憫で不自由な生活を。腕の一、二本で救われる。ここで中途半端に逃げて精神を病むより幾分マシだ。