小松響子aka.トランポリンガール 2

2.
見方だった。



私のこの跳躍力を神様からの贈り物だと喜ぶか、化物だと普通じゃないと疎むか、それは各々の見方で、私はこの能力を知った時、比喩表現でなく嬉しくて跳び回った。幼馴染の彼もそんな私の力を知った時、「いいなぁ、何処で習ったん?」と羨ましそうに見上げてくれた。お父さんも最初は驚いたけどちゃんと理解してくれた。
でも、世界のみんながみんなそんな好意的でない事を知っている。
飛び跳ねる私がテレビで紹介されて、近所の人が気味悪がった。それは田舎特有の閉塞感は、私を、私の家族を除け者にした。イジメなんて学校だけで発生されるものだと思っていた私は、大人になってもイジメをする近所の姿に心の狭さに呆れそして窮屈さを感じた。
誰がなんと言っても私は動じなかった。嫌な事は空に跳び出してしまえば忘れることが出来た。ここがその時の私の狭さだ。空を跳ぶ事が出来ない家族の事をすっかり忘れていた。逃げ場の無い家族の事を。気付いた時にはもう手遅れだった。
最初から、私の能力に怪訝な顔をしていたママはイジメが始まってから数週間経ったある日、帰宅した私に塩を撒いた。撒いたと言うよりぶつけたと言ったほうが正しいくらい。フルスイングでぶつけて、泣いた。泣き声も合間に「あんたがもっと普通ならよかった」「馬鹿でもいいのよ。そんなチカラなかったらよかったのに」人格否定の言葉は呆然と立ち尽くす私に浴びせかかるように続く。塩を浴びながら罵声も浴びる私。悲しいよりもママがそんなに苦しんでいた事に気付かなくて、毎日当ても無く好き勝手に跳び回っていた自分が不甲斐なくて辛かった。
ママは翌日、家を出た。数日後、離婚届が郵送されてきた。お父さんは何度も響子のせいじゃない。と唱えてくれたけど、聞けば聞くほど自分の行いのように思えて臍を噛んだ。
私は、その日の夜、死のうと思った。
死ねばママがお父さんの前に帰ってくると思った。今思えば安直な考えだったけど、当時の私は気が動転していたこともあってそれが一番だと思った。いや、自分を罰したかったのかもしれない。お父さんの前からママを消した私自身を罰し償いたかったんだと思う



深夜、草木も寝静まる丑三つ時。
私は庭先から跳び出した。全力を使って、目指すはオリオン座。
大気圏まで跳べたらきっと空気摩擦で燃え尽きるだろう。燃える私は地上の人は流れ星と勘違いするかもしれない。なんだかとてもロマンチックだ。燃える私に願掛けして願いが叶うのか知らないけど。まぁ、私だからご利益なんて無いかもしれないけど、最後に誰かの夢を背負って死ぬのもかっこいい。もし、流れ星自身の私の願いも叶うのなら、ママをお父さんの元へ。
私の願いはチカラと変換されたのか、次第にスピードを増し重力の鎖を引きちぎる。
下界に広がる雲を眺めて、もう少し頑張れば。と意気込む。
私の上から誰かが落ちてくる。
その人は、上下ブルーハワイのような輝く青色のウインドブレーカーを着て大きなリュックを背負っている。真っ黒いゴーグルとラグビーボールみたいな帽子で顔は分からないが身振りから私に驚いているようだった。
その人は、上昇する私にしがみつく。私の頭の中で「積載重量オーヴァー」とサイレンが鳴り次第に降下する私に気付く。
「ちょっと、誰だか知らないけど掴まんなって。落ちるでしょ。私は上がりたいの上がって帰って来れないくらい高い所に行きたいの」
私がその人を解こうと身を捩ったり、殴ったりするのだけれどもその人は一向に離す気が無いらしく、暴れる私に抱きつこうとさえする。
「馬鹿、変態、離せってーの」
「嫌だ。絶対に離したくない。一人で死にたくない」
「私は死にたいの!」
「何をそんな急ぐんだ。大丈夫、いつか必ずお前は死ぬから」
「何言ってんの? 馬鹿なの、馬鹿なんでしょ」
「あぁ、馬鹿さ。高所恐怖症のくせに見得張ってスカイダイビングをするくらいだからな」
「なら、とっとと落ちて死ね」
「だから、まだ死にたくなんだよ。お前だって本当は死にたくないんだろ?」
降下する。腰に抱きつく男の背景の地面が着実に近づいていく。もう流れ星になれない。
私は今日の自殺を、世界に願いを叶えるチャンスを与える自殺を諦めようと思った。ママの帰還を諦めたわけじゃない。ただ日が悪い、出直してちゃんとスカイダイビングの予定の無い空で跳び出そうと思った。
ため息が空に舞って雲に紛れる。
「生きたい。俺は生きたい。チョー生きたい。お前だってそうだろ? 生きたいだろ?」
「はいはい、生きたいですよ」
もう自棄だ。こんな軟弱な男に付きやってやるのもいい、そんな夜だ。
「おっしゃー、じゃあ俺たち生きよう。一緒に生きて一緒に死ぬ、のは難しいから互いが互いを見送ろう」
男はそう宣言するとリュックの紐を引く。
まるで大きな鳥が羽ばたくような音と共に落下傘が開き私達の降下スピードを減速させる。



男は地面に付くまで私から離れなかった。
私いえば、ゆっくり地面に降りる感覚というものが始めてちょっとドギマギしていた。
地面に足が付いた時、そのドギマギは収まることは無く、それが愛かもしれない。私、この人に恋してるのかも。いえいえ、こえこそ吊り橋理論だ。ストックホルム症候群だ。えぇ、それは違うか……。でも、こいつに抱き締められている時の安心感は何?母性本能くすぐられてる?
と、動転した私は「じゃあ、また明日学校で」と意味不明な言葉を発して逃げ出してしまった訳だ。それ以来、男には会っていない。もちろん学校に男が現れた形跡も無い。