ミエナイ

『健全な肉体には健全な魂が宿る』と、過去の偉人は申しました。
なら、今の彼はどうなっているのでしょう。
彼は、今日一日、電車内でうたた寝、映画を見てうたた寝、漫画喫茶で5時間ほど睡眠をして今に至ります。
ちゃんと布団にて寝たあの日から、はや4日。時間にして96時間経っています。それに対しての睡眠時間が6時間とはどうでしょう。
私は彼の身体が心配になり、具合をたずねてみました。
彼は、弱弱しい言葉で、眠いという欲求や食事をしたいという欲求が分からなくなった。と呟きました。確かに今日も午後3時まで彼はおなかが減らなかったらしく、食事をすることを忘れていたようでした。
彼は、睡眠や食事に全く興味が無いようでした。口に入れるのはポケットに偶然入っていたガムと水分だけ。まるで断食をする人のよう。私の心配を知ってかしら知らずか、彼は新宿駅の端っこで路肩に座り、本を読んでいます。時計を見ると、22時。さすが都会。彼のように泊まる場所の無い人なのか、誰かを待っているのか多くの人が座っていました。
彼は私い向けて喋りだしました。
「人の作った物で一番至上なものは鏡ではないだろうか。人は己の姿を鏡が出来るまでは、水面の反射でしか見ることが出来なかった。それもおぼろげな映像で。鏡が出来たことによって人は一人で自己の証明を出来るようになったのだ。他者を介せず自己がこの世界に存在する事を証明できる物。ここには、多くの人がいる、どんな人であれなんらかの組織に属する瞬間がある。それが学校であったり、会社であったり、家族であったり、サークルであったり、名も無き集団であることもある。人とは他者と交わることによって成長する。世界最強の生物でありながら、群れなければいけないという恐怖を抱く者である。私は、最近群れていただろうか。昨日は友人がいた。今日は一人っきりだ。お前はいるが、お前は視覚化出来ないので、私はお前の瞳を覗き込み自己を映すことは出来ないよ。私はちゃんと存在しているかい?」
言っている意味が分かりませんでした。
彼はとてつもなく崇高で高尚な事を言ったつもりでしょうが、私には何が言いたいのかさっぱり分かりませんでした。でも、その事を、あなたの言っている事はさっぱり分からないわ。それはただの独りよがりな世迷言だわ。と言ったら、彼は悲しむでしょう。きっと、根拠無く「人と分かり合えない」と思い込んでいる彼は世界と決別するでしょう。愛想無く笑うだけの私でした。
「いいよなぁ。お前は、お前は俺と分かれることが出来るもんなぁ、俺の手を離れて何処かのブロガーに書いてもらえばいいんだもんなぁ。俺なんて一生俺を別れることが出来ないんだよ。いいなぁ、おまえは俺と別れられて」
彼は、最近読んだ『生きてるだけで、愛』の作中の言葉を歪曲&引用した言葉をため息混じりに発しました。自分の言葉さえ見つからないようでした。
私は彼を漫画喫茶に連れ込み身体を休ませました。
彼は眠れない、腹がすいたが飯が食いたくない。と低い天井をみて呟きました。
今、8月19日2時50分になりました。