告白

西日の差し込む放課後の教室で俺は世界は謎に満ちている。と思った。
「これは秘密なんだけど……」
彼女は夕日でオレンジ色に染まる教室で黒板に横線を引きつつ俺に言った。
彼女こと、成城院光は横線の中心に小さな縦線を引くとその上に2008と書いた。
「この横線が時間の流れだとすると、この中心が今、現在、2008年なわけだ」
何を言っているのだろう。俺はあえて頭を縦に振り聞き流した。
すると、成城院は少し不貞腐れたような顔をして話を続けた。
「私は、実はここら辺の未来から来たのだ」
成城院は横線の右端に小さな縦線を引く。
昔、自称霊感少女を数多く見たが自称未来人発言は少し驚いた。しかし、それはていのいい現実逃避の一つで、筒井康隆辺りの本を読んで抱いた妄想だろう。かわいそうな女の子だが面白そうなので、こうゆう時は、話の分かるクラスメイトのフリでもしておこう。
「へぇ、それは驚いた。君は未来人なんだ。西暦何年から来たの? もしかして西暦なんてもう無くて宇宙暦とか?」
「君は、もしかして信じていないのか? 信じているふりをして馬鹿にしているのか」
「そ、そんな事はない。ただ、あまりの出来事に驚いて感情が上手く表現できないのだ」
「そうか、それもそうだな。私は西暦2205年から此処へ来た。理由はだな、これも秘密なんだが、この時代に世界を変える発明が生まれるのだ。私はその発明者を保護する為にこうして時を越えてきたのだ」
「ほう、そんな秘密を俺に話すという事はこの俺がその発明者なのだな?」
「いや、違う。ただ、君に関連する人物だという事を伝えておこう。なんせ200年前の古代のこの世界では、私の常識が通じない事だらけだ。君は私の助手になってもらえないだろうか? も、もちろん、全てが終わった後は報酬も用意している」
随分、練られた話だ。その話を俺のような一介の中学生に話さず、文章にして「電撃〜」とか「スニーカー〜」とか「富士見〜」に送れば、それなりに有名な作家になれるのだろうに。
俺はこのような胡散臭い話を真剣に話す女子に哀れな目で見つめ頷いた。
「そ、そうか。そうか協力してくれるのか。私もこの世界に来てたった一人で辛かったのだ。ありがとう、本当にありがとう」
成城院は目を少し潤ませながら、強引に握手を求め、携帯の番号をメモした紙を俺に渡すと足早に去っていった。
俺はそのメモを少しの間眺めた後、丁寧に四つ折にするとポケットに入れ教室を出た。
玄関で上履きから靴に履き替えた時、急に誰かに呼び止められた。振り向くとクラスメイトの元宮美鈴が困った顔をしながら立ち尽くしていた。
「なんか、ようですか?」
クラスメイトといいながらも元宮とは話した事がなかった。というより授業中以外は教室にいなく、いても本を読んでいて話しかける雰囲気ではなかったし、特に話しかけなければいけない事態なんてなかった。ようは、無口系の女の子だった、例を出すなら綾波とか長門とか……ホシノ・ルリ? まぁ、そんな感じの女の子だ。
「い、いや、あのぉ、今帰るんですか?」
雨に打たれる子猫の鳴き声のようなか細い声で彼女は尋ねた。
「えぇ、まぁそうですけど、なにか?」
「ご、ごめんなさい!! なにかって訳じゃないんですけど。よかったら一緒に帰りませんか?」
俺は赤く染まった西の空を見ながら世界は謎に満ちている。と思った。




終始、無言の帰路だった。
俺からなにか話しかけようにも、「あの」や「その」と言葉を出すたびに、彼女は「ごめんなさい」と返してきた。まるでイジメているような気持ちになり俺は口をつむんだ。横目でチラチラ見ると、彼女は申し訳なさそうに俯いて指をタイピングでもしているようにモジモジ動かしていた。
家も近づき、陽はすっかり落ちて辺りは闇に覆われていた。
「ごめんなさい。あの、ちょっとそこの公園に行きませんか?」
彼女の急な積極的な誘いに承諾してブランコに乗っていると、彼女は覚悟を決めたように顔を上げて俺を見据えた。
「ごめんなさい。あのですね、これから言う事を驚かないでくださいね」
なんだろう。この雰囲気。数時間前に感じたような気がする。
俺はブランコの揺れを止めて頷く。
「ごめんなさい。実は、私この時代の人間じゃないんです」
俺の心中をありのまま話すぜ。数億の《キター》という文字が右から左に弾幕のように流れていったぜ。
そして、俺はこうとも思ったんだ。これは壮大なドッキリなのではないだろうか? クラスが一丸となって文化祭の出し物として俺を騙そうとしているのではないか。俺のリアクションを草陰に隠したCCDカメラが録画して、これから数分後に『ドッキリでした』という看板を持った学級委員長が登場するのではないかと。
「ごめんなさい。あの、そんなに驚かないんですね」
いろいろな事を思案する俺を不思議そうに元宮は見つめていた。
「そ、それはさっきも……」
「ごめんなさい。さっき?」
「いや、なんでもない。それより元宮は未来から来たのか? もし、それで寂しいなら絶好の友達を紹介してやらない事もないのだが……」
「えぇ!? そのごめんなさい。違います。実は私過去から来たんです。来たというより、気付いたらこの世界にいて」
「飛ばされたという事か、いつの時代から?」
「ごめんなさい。文化2年です。西暦に直すと1805年くらいでしょうか」
200年後の世界から来たと豪語する自称未来人の次は200年前の世界から来たという自称過去人の登場。ますます話が出来すぎている、俺は周囲の茂みを探ってカメラや看板を持つ学級委員長を探した。もちろん、誰も何も見つからない。
「ご、ごめんなさい。何しているんですか?」
「いや、こんな重大な話を誰かが隠れて聞いていないか調べていたんだ」
「ごめんなさい。そうですか、あなたは私の事信じてくれるんですね」
信じる? それは無理だ。元宮には悪いが、さっき未来人の告白を聞いたばっかりに矢継ぎ早にきた元宮の話が胡散臭くてたまらない。
元宮はそんな俺の事情など知るわけがなく、俺を味方と認識した元宮は嬉しそうに今度図書館に来てください。何故こんな事になったのか、私なりに考えた事をお話します。本当にあなたに告白してよかったです。と、俺の両手を握って上下に振ると駆け足で去っていった。
10メートルほど離れた時に急に振り返り、
「ごめんなさい。今日はありがとうございました」と、手を振って闇の中に消えていった。



星空が微かに見える夜空の下で俺は家の前まで着いた。
成城院の手も暖かったが、公園で握られた元宮の手はもっと暖かった。
玄関先に誰かが立っていた。玄関から指す光が逆光になり人影としか認識が出来ない。
俺の姿を見つけると人影は俺の元に歩み寄り、俺の名前を囁く。
「実は折り入って相談が……」
声で分かった。クラスメイトの浅沢夏実だ。
浅沢は言葉続ける。
「誰にも言わないでよ。実はあたし、平行世界から来たあんたなんだ」
平行世界? 浅沢が俺?
冗談として受け流そうかと思ったが、浅沢の目は据わっていてとてもそんな空気じゃなかった。
「おーし、それは今度、話そう」
俺は元気よく浅沢の肩を叩くと家に入り鍵を閉めた。
靴を投げ捨てるように脱ぐと自室に駆け込みまた鍵を閉める。
「どうしたのかな?」
一息ついた俺の後ろで声がした。
振り向いた先には、クラスメイトの香我美美雪が口角を少し上げて微笑んでいた。
「も、もしかして、お前も俺に何か相談があるとか……」
「ご明察。実は今まで隠していたんだけど、私は地底人なの。それで……」




その後、香我美が何を話したのか思い出せない。


ただ隔離病棟から見える夕日はあの時と同じようにオレンジ色に燃えている。