暗闇に戯れる少女

島に収監されて幾日が過ぎたのでしょうか?
未だに救出されておりません。
これをご覧になっている方は本当にいるんでしょうか?
不安が募るばかりですが、今日も島の内情についてお伝えしたいと思います。


この島では朝食後と昼食後に作業があるとお伝えしましたが、その作業について詳しく話していなかったのでここに記したいと思います。
作業と言っても、大きな機械から流れる機械の部品を組み立てるような『誰でも出来る簡単なお仕事です』という文句が付く仕事ではありません。
まず、症状の重さから仕事内容が変わります。
私はここに入れられる最初のテストで、軽度の中二病と診断され『レベルC患者』と島のスタッフから呼ばれています。主に『レベルC患者』の仕事は、簡単な家具の組み立てから封筒の糊貼りなど軽作業となっています。
そして、私より症状の酷い『レベルB患者』『レベルA患者』になると、もはや仕事の出来るような状態でない人が多く、また仕事を任せても「俺は社会の歯車には成りたくない」とか「もっと、もっと私は輝ける!!」とたわ言を吐き仕事にならない為に、大量の反省文を書かせ自己と見つめ合わせるという苦行を与えられています。
ちなみに、同居人のXさんや正常院入鹿さん等は、『レベルS患者』と称されて、棟内の一つの部屋に押し込まれます。
Xさんに何をしているのか?と訊ねた所、「素人臭のカウンセラーからカウンセリングを受けていた」と言っていた事から『レベルS』にもなると作業よりも治療が優先されているようでした。
そうです。今日まではそう思っていたんです。


真実を知ったのは、昨晩の深夜でした。
あれは深夜の2時を回った、世にいう丑三つ時。私の部屋をノックする音から始まりました。
私は最初、看守が見回りついでに私達をからかっているのだろうと、無視をしていましたが、ノックの音は鳴り止まず、音によって眠りを妨げられたXさんがむくりと起き、私を起こしました。
「お迎えの時間だ」
私はこんな時間に誰かに会う約束をした覚えはありません。しかしXさんは、私をベッドから引っ張り出すと、「『ナイトバード』どもと遊ぶ事を覚えるとお前も連れて行かれるぞ、ニーチェ曰く『深遠を覗く時、深遠もまたお前を覗いているのだ』はたまた、カバラ戒律曰く『心せよ亡霊を装いて戯れなば、亡霊となるべし』」
意味がわからず、いつもの病気の発作だと無視してドアを開けました。(いつもなら外から鍵が掛かっており開くはずがないのですが)
ドアの先に立っていたのは、黒いマント(コート?)に身を包んだ女性でした。その時、窓から差す月明かりに照らされて輝く赤い色の瞳が妙に心に残った事を未だに覚えています。
「君が《幻想構築》の持ち主かぁ、ずいぶん歳をとっているじゃないか?」
《幻覚構築》聞き覚えのない言葉に首をかしげると、彼女は私の手をとり、まぁいいや。とにかく今日は遊ぼうじゃないか。と私を引っ張り階段を駆け上がり棟の屋上へと導きました。
屋上には数人の男女がバレーボールに興じており、私と彼女の姿が見えると、『会長』と叫びよってきました。その光景からこの集まりのリーダー格は彼女だと私は思いました。
彼らに混ざり、バレーボールに興じ、一、二時間経った時でしょうか。
屋上の片隅で黄昏る彼女に誘われました。
「君はこの世界が好きかい?」
私は好きな部分と嫌いな部分が脳裏に浮かび明確な答えを発することは出来ませんでした。
「君はそんな簡単な感情を答えるだけの質問にも戸惑ってしまうなんて、さすがこんな世界を作っただけはあるよ。僕はこの世界は嫌いだ。僕らは原罪が分からぬまま罰を受けている」
原罪が分からぬまま罰を受ける?
「君は僕らの存在を知っているかい? 僕らは紫外線に弱くてね、日中は暗い地下室に篭っている、こうやって日が沈み月が世界を照らす夜でしか行動が出来のさ」
初耳でした、この棟に中二病以外の病気で収監されている人間がいるなんて。
「驚いたようだね。だが、僕らを哀れむことは無いよ。この生活も悪いもんじゃない。それより、君は中二病とは何だと思う? 精神病? 自立不全? 甘え? 脳味噌の損傷? 幼少時のトラウマ?」
なんでしょう。この島に来ていろいろな中二病患者を見てきたのに私は一度たりともその病気について考えたことがありませんでした。
「僕がが思うにこの病気に感染された人間は、きっと世界を創造したいんだと思うよ。自分の望む素晴らしき世界を」
彼女は微笑みました。
「国は僕らのような非生産者を何故この島に閉じ込めると思う? 島の維持費だって馬鹿にならない。そっと僕らを殺したっていいのに、何故生かす? その答えは僕らの病気が金に成る事を知っているからさ。『レベルS患者』が作業と称されて何をされているか教えてあげよう。患者はカウンセリングだと思っているようだが、患者と接する奴等はカウンセラーなんかじゃない。ある男は映画監督、はたまたある男はテレビのプロデューサー、小説家、脚本家、作詞家……。もう答えは分かっただろ?」
マスメディア関連の人間とレベルSの重度の患者。患者との会話によって手に入るモノ。
「そうさ、この世に溢れる映画や小説・テレビ番組・演劇にテレビゲーム。全部レベルS患者の妄想から出来上がっているのさ。国が欲しいのは、大人になる過程で捨て去った、捨てざるをえなかった夢、いいや希望と言ってもいいものだね」
彼女の言葉をすべて信じるわけにはいきませんでした。ここは中二病島なのです。何が正しくて何が間違っているなんて誰も分別出来ない世界なのです。
「おっと、そろそろ日が昇る。お別れの時間だね。今日は楽しかったよ、すべてにたじろぎ見て見ぬフリをする事は構わないけど、この世界は君が望んだ世界だということは忘れずに」
彼女はそう言うと、遊び疲れてぐったりしているメンバーを呼び集めるとすこすこと屋上を出ました。
現実を押し付けるように突き刺す朝日を浴びながら、私は誰もいない屋上を後にしました。
屋上に残ったのは忘れ去られたバレーボールだけでした。


部屋に戻った私にXさんは、何を言われたか知らないが、夜現れた彼女もレベルSの患者で、紫外線を浴びると皮膚が爛れるという誇大妄想に取り憑かれている事を教えてくれました。
すべてが彼女の妄想……。そう思いたくて、XさんにレベルS患者の妄想が日本のメディア界を作っている事を話しましたが、否定の言葉は得られませんでした。




一刻も早く誰か助けてください。
この島には大きな謎が隠されているようです。誰かモルダーとスカリーに連絡をお願いします。