ダーク・シャドウ

あらすじ:地底に封印されていた吸血鬼が蘇って、家族が大慌てする話(適当)




感想(ネタバレ有):
去年のプリンセストヨトミほどでは無いが、なんともいえない映画だった。怒り狂うほどの糞映画では無く、かといって上映後スッキリした気持ちになるほどの痛快映画でもない、筆舌しがたいどうしようもない映画だった。
まず、予告を観た俺は「現代に蘇った吸血鬼が、某家族の下に厄介になり、現代とのギャップに戸惑いながらも居候先の家族と仲良くなって暮らしていく」コメディ映画だと思って席に着いたのだが、
まず時代設定を思い違いしていた。舞台は現代ではなく1970年代だった。1970年代アメリカが舞台である。
これをお読みにあなたは1970年代アメリカに何か思い当たる所はあるだろうか。歴史に弱い私は特に思い当たる事は無かった。日本では学生運動とかヤバかった時代だろ。
ここで、私のダーク・シャドウの認識が「おなじみでない世界に蘇った吸血鬼が某家族の下に厄介になり、おなじみでない時代とのギャップに戸惑いながらも居候先の家族と仲良くなって暮らしていく」に変わった。
そして、ヒロインが現われる。ヒロインは自分の名前を偽るという意味深な行動を取り、家庭教師募集の広告を手に家族の屋敷に赴く。無事家庭教師として招き入れられたヒロインは、家庭崩壊ぎみな家族を前に住み込みで息子の家庭教師を言いつけられる。その夜、ヒロインは謎の幽霊に起こされる、幽霊は「彼が来る」と告げるとヒロインを居間に誘う。ヒロインが居間に辿り着くと幽霊は居間の床へと消えていくのであった。ちなみにこの「誘いからの居間の床に消える」という下りは2回繰り返されるが床に幽霊の死体があるとかそうゆうオチは無い。つーかこのフラグは回収されない。
ここで俺のダークシャドウの認識は「おなじみでない世界に蘇った吸血鬼と謎の家庭教師が某家族の下に厄介になり、おなじみでない時代とのギャップに戸惑いながらも居候先の家族&家庭教師と仲良くなって暮らしていく」に変わった。
そして幽霊の予言のように吸血鬼は道路工事中に発掘されて蘇る。ジョニーデップお得意のこじゃれた喋り&動作で陽気に登場するかと思いきや、その場にいる人間を瞬殺する。理由は腹が減っていたから。血に塗られたジョニーデップからホラー映画の匂いがした。
その後、吸血鬼は生前棲んでいた家に戻るのだが、そこにはすでに自分の子孫が住んでいるのであった。家の主である母親に取り折、隠し財産を賄賂に生前宅に住み着く吸血鬼。生業としていた漁業が廃業寸前ということで、吸血鬼は復興に名乗り出る。
吸血鬼と母親は持っていた缶詰工場を改築し、漁師を催眠術で操り配下に加える。
それを観たライバル缶詰工場の社長は役員に檄を飛ばすのであった。なぜならその社長こそジョニーデップを吸血鬼に代えた張本人であり、吸血鬼の一族を呪い続ける
魔女であったのだー(なんだってーー)
ここで俺の認識は「おなじみでない世界に蘇った吸血鬼と謎の家庭教師が某家族の下に厄介になり、おなじみでない時代とのギャップに戸惑いながらも人を殺し、缶詰工場を復興し居候先の家族&家庭教師と仲良くなって暮らしていく」になった。ちなみにジョニーがどんなに陽気な喋り口でコミカルに動こうとも劇中頻繁に人を襲って血を吸う。罪悪感よりも食欲に弱いんだってさ。
その後は魔女と吸血鬼の過去からのイザコザがある。ジョニーはヒロインに恋しながらも魔女と言い訳じみた捨て台詞を吐いてSEXもする。意味が分からなかったが、それはたぶん俺が村上春樹を読まないからだと思う。
母親の弟、家族で言うと息子の親父。ここで家族構成が面倒臭い事になっている事にやっと気付く。母と父と娘と息子ではなく、母と娘、母の弟とその弟の息子という家族なのである。実に面倒臭い。ちなみにこの面倒臭い設定がのちに効果的に使われることは無い。
その弟が不貞を働き、その姿を吸血鬼にバッチリ見られてしまう。吸血鬼は親に愛されない不憫な息子を思い「心を入れ替えて息子を愛すか、生きるには困らない分の金をくれてやるからこの家から出て行くか、どちらかを選べ!」と脅す。
迷いもせずに男は金を持って家を出て行く。
俺の認識が「おなじみでない世界に蘇った吸血鬼と謎の家庭教師が某家族の下に厄介になり、おなじみでない時代とのギャップに戸惑いながらも人を殺し、缶詰工場を復興し居候先の家族(−弟)&家庭教師と仲良くなって暮らしていく」に変わった。
ちなみに、この男の脱退は後半になって「こんな端金で息子を売った俺が間違っていた」とかナントカ言って危機的展開に再登場するとかは無い。もう出てこない。息子的には、親父が金持ってタクシーにのる姿が最後に観る親父である。子供心には衝撃的だろう。
ここまで読んで、聡明なる読者は気付くだろう。ヒロイン何しているの?ヒロインの登場をちゃんと描けよと。
こんな事を言うのは忍びないが、ヒロインの登場回数は極端に少ない。母親の方が登場回数やセリフは多い。
弟の脱退前後で、ヒロインにも日が差す。ヒロインが(家族の前では)優しい吸血鬼に心を開き、自分の過去を吐露するのだ。「私は昔から幽霊が見えていた。幽霊とお話しも出来た。だけどそんな姿を見た両親が私を不気味に思って精神病院に閉じ込めてしまった。それでも私は自分を正常と思い込んだ、如何なる残忍な療法にも耐えた。私はこのままではずっと檻の中だと思い病院を抜け出した。行く宛を探していたら幽霊からこの家庭教師の募集を勧められた」と。名前を隠した理由には対した意味は無かったようだった。怪異の象徴のような吸血鬼からすれば幽霊が見れるなどなんの恐怖対象でもないようで吸血鬼は彼女を受け入れるのであった。
その後、ちょっとしたミスで吸血鬼は家族の前で正体がばれてしまう。ヒロインは彼の元を離れるのであった。
霊視と吸血鬼は等価値でない模様だ。
なんだかんだあって、魔女が怒って吸血鬼の家に怒鳴り込んできて、母親がショットガンで応戦し吸血鬼も参戦する2対1でも魔女の放つ妖術に圧倒される二人。絶体絶命の危機に娘が登場する。そして娘はあっけらかんと「私、実は狼人間なの」と獣化して魔女を襲うが魔女をそれをあっさりと受け払う。ちなみに、狼人間という突発的な展開には前にも後にもその場でしか現われない。思い付きにも取れれる凄い展開だった。
魔女の圧勝で終わるかと思いきや、なんとそこに息子の母親の霊が現われて衝撃波を放つと魔女は中を飛びシャンデリアにぶつかり、ぐだり戦闘不能になる。
ショットガンにも吸血鬼にも狼人間にも勝つ魔女は、幽霊の衝撃波に弱い。数々のアトラスゲーをプレイしていた私だったが初めてのオカルト知識だった。
魔女を倒すが燃え上がる屋敷。決死の思いで脱出した家族は燃え上がる生家を見て、娘が「これからどうする?」と漏らす。母親は家族を抱き締め「生きていればどうとでもなるわ」と励ますのであった。その場に不死族の象徴吸血鬼がいるのに。
吸血鬼はヒロインの姿が見つからない事に気付き辺りを探す。すると息子よりヒロインは崖に向かって歩いていったと教わり、急行するのだが彼女は魔女に操られ崖に身を投げていた。空中で彼女を掴む吸血鬼は、南無三(そんなセリフはさすがに言わないが)と彼女の首にキバを立てるのであった。
崖の下、化物の為の死なない吸血鬼と吸血鬼になってしまったヒロインは互いの状態を確認して接吻をする。
「血は水より濃い……」うんにんかんぬんのナレーションが入って終わる。
俺の認識は「なにが言いたい映画なんだよ」に集約された。
スタッフロール中も、「俺が馬鹿だから理解出来ないだけだろ……なぁ……ティムバートンよー」と自己暗示をかけていたらスタッフロールの最後に「オリジナルドラマシリーズの○○に捧ぐ」とか流れてきたので、「そんな設定しらねーよ」とグデーンと座席で足を伸ばしたら照明が付いた。
そんな映画。