セピア色の凄惨

あらすじ:
手がかりは4枚の写真。
世界からその存在が日に日に希薄になっていく親友を探し出して欲しい。そんな不思議な依頼を受けた探偵は、依頼主に向けて報告書という形で4つの短編をおくる。

連作集なので一遍ごとに紹介。

  • 『待つ女』

人生初のナンパで手に入れた運命的な女性に「明日、デートしましょう」と誘われて有頂天になって夜を過ごす男。あくる日、待ち合わせ場所で出会った彼女とデートを重ね、結婚までこぎつけるのだが、ふとした違和感が…。

  • 『ものぐさ』

「台所に目の高さまで積み上げられた食器を崩さないように食器を載せるのって難しいのねぇ。食器を洗えば良い?? いやよ面倒臭い」病的な怠惰で全てが面倒臭い女の下に降り注ぐ不幸。

  • 『安心』

不安にかられて全てを確認しないと安心しない女。携帯がどの高さから落ちたら壊れるか。何秒水没したら壊れるか。壊れるまで確認作業を繰り返し結果が出ると安心して新しい携帯を買う。しかし、この新しい携帯どの高さまでの落下に耐えられるのかしら?

  • 『英雄』

岸和田のだんじりの10倍の大きさを持つ超巨大だんじりが街中を猛スピードで激走する事が町のシンボルでありそのだんじりに乗る男こそが町の英雄である。漢である。ゆえにだんじりの事故によって怪我を負ったり、死んだりする事は目出度い事だ!

感想:

  • 『待つ女』

「あの時あぁしていれば…」と過去の選択に苦しむ事は誰にでもあるが、その選択の是非を誰が決めるのか。ただの無いものねだりではないか。いいや、違う。あの時あぁしていれば、俺の人生はもっと輝いていた、今の人生なんぞ間違った紛い物だ。
幸せな家族を捨てて真実の姿を追い求める男の盲目さと純粋さ。
前菜にして、この連作集のテーマをみごとに含ませている作品。

  • 『ものぐさ』

家族の不幸を怠惰を理由に逃げ続ける女をコミカルかつどうしようもなく描いている。『安心』の主人公にも言えることだが、自分が招き育てた不幸を上等なワインか何かと勘違いして、不幸を見つめてはウットリする女の気持ち悪さとコミカルさが面白い。
刊行された『惨劇アルバム』の「清浄な心象」のプロトタイプのように思えました。

  • 『安心』

不安症を患った女が全ての耐久度を調べ始める話なのだが、その矛先が最終的に他者ではなく自分に向ける辺りが、その類稀無い探究心と自己愛の成す姿か。殺した動物の最後をドラマティクに解釈して愛に溺れる姿は、実に気持ち悪い。猫好きなので中盤が辛かった。

  • 『英雄』

閉鎖空間の慣習に最初は戸惑いつつも次第にのまれていく少年の物語。だんじりを神格化して、社会のルールを一切排除してまでだんじりを守り、だんじりで人が死ぬ事は目出度い事と捉えている不思議な町。『男の浪漫』というよりも宗教じみている。

  • 総括

この連作集のテーマは「狂気」というよりも「社会常識から逸脱しているが当人が幸せならばそれでいいじゃないか」という超個人主義の成れの果てに思えた。
そもそも狂っているとはどのような状態なのか。
あなたが毎朝歯を磨く時の磨き方は実はとても奇妙で狂っている。多数の意見のみを信じて行動する生き方だってどこか狂っている。
じゃあ何を信じて狂わずに生きればいいかというと。
この本を読んで恐怖を覚えながら時折、笑い飛ばせばいいのさ。


それはとってもオカシイから。

セピア色の凄惨 (光文社文庫)

セピア色の凄惨 (光文社文庫)

余談。
依頼人と探偵』のパートは、序盤はとっつきやすく他の短編との橋渡しをしていて面白いのだけど、いかんせんオチが弱かったような。