ドッグヴィル

あらすじ:アメリカの廃れた山村にギャングに追われる美女グレースが逃げ込んでくる。村に住むトムはグレースを村人全員のチカラでギャングから彼女を匿うことで、村人達に道徳の教えを説こうと考える。えてして、村人の一員となったグレースは村人達に認められようと仕事を探し努力するのだが。村人達の要求は次第にエスカレートし始める。


感想:
隣の町の話だけど、そこも俺の住んでいる田舎と同じ田舎町なんだけど。ある夜、そこの町の一軒の家に住む女子高生が睡眠薬を飲みまくって救急車で運ばれる事があったのね。女子高生の命は取り留めたらしいけど、その家は数日後には空き家になっていた。理由は、田舎町に救急車が突っ込んできたもんだから、サイレンを鳴らしていなくても人が人を呼んでその家には野次馬が集まって、女子高生の運ばれる姿は周知の事実に、噂話も飛び交い、その家の住民はいづらくなったらしい。
田舎町は都会と違って人間関係が出来ないとよほどの金持ちじゃないと町内でハブられるから注意。
田舎って都会の人が言うほど良い社会じゃないよ。

この映画、ドッグヴィルはそんな田舎町に暮らしている俺が見たので、世間が思った「欝だった」「後味が悪い」という感想を一切感じず、
「これはもうしょーがい!」
の一言でした。

ほとんど陸の孤島となっているドッグヴィルには警官が不在で法律が機能しておらず、倫理を語るべき教会には神父が不在、神父のポジションに経験に裏打ちされていないオナニーを語る哲学者もどきのトムが座っているのだから、そこに住む村人に人間性が確保される訳が無い。
そこに美人で寛容で「人間とは罪深い傲慢な生き物」と人間を見下し哀れむ超傲慢女のグレースが現れるんだから、村人はグレースに甘えるさ。
サルの前にボタンを押したらバナナが出てくる機械を置くようなもんで、そりゃ村人は連打しちゃうよね。

この映画、所々で村人とグレースの関係が一瞬で変化するシーンがあるんだけど。
例えば、「本当は必要でない」些細な仕事を懸命にこなすグレースに村人がいい気になってこき使い始めるシーン。それまで『来訪客と村人』だったのに、『召使と村人』に変化する。それから、果樹園の男に強姦されて村を逃げ出そうとするグレースが村人に捕まるシーンでは『召使と村人』から、さらにランクが下がり『犬と村人』になる。村中から人以下の扱いを受けても心を壊さないグレースの存在を忌諱して、村人がギャングに売りつけようとしたら、グレースがギャングの親分の娘だったと分かり、『ギャングの娘と村人』と変わるシーンでは、大富豪で革命が起きたような爽快感が生まれる。その時々の立場の変化するタイミングが実に上手かった。

ボスとグレースの会話からの流れが最高だった。
俺は首に鉄輪をはめられても何一つ不満の言わないグレースが、村人の仕打ちを諦観して現実逃避をしているのだと思っていたが、彼女は父親にこう言う「社会的弱者(村人)が傲慢になってしまうのは仕方ないの。彼らは悪くない。悪いのは貧しさよ」と、つまりグレースは村人達の横暴を、人間の根源の悪性だと割り切っていたのだ。彼女は村人を人として見ていたが自分を哀れな人間よりも上の存在と捉えていたのだ。自分は馬鹿な行為しか出来ない村人よりも優秀だと。
彼女の言葉を父は否定する。「犬が自分のゲロを食わないようにするには鞭で叩くしかない(しつけが大事)」「犬には役立つ事を覚えさせられる。だが、いつも本能にしたがっていたら何も覚えんのだ(本能の赴くままにさせたら破滅しかない)」「規範をもって対する事がお前の義務だ」「全てに人間は己の行為に責任を持つものだ。お前は彼らにその機会を与えてやらん」
ボスの言葉によってグレースの中身があふれ出る。究極のエゴイストであるグレースの中身が。
グレースは村の角に咲くグーズベリーの樹を見る。
ナレーション「手荒に扱わなければ春が巡ってきて芽を吹き、夏になれば数え切れないほどの実をつけるだろう。パイにすれば格別の味だ。特にシナモン風味は絶品だ」
グーズベリーの樹を村の運命とリンクさせているのだろう。
そして、彼女を怯える目で見る村人達に気づくと、彼女は怯えさせてしまっている自分の存在を恥じるのだ。
父の言葉に意味は無く、彼女は変わらず世界に足をつけて歩いていない。
彼女は、自分がこの町に住んでいたら、村人達と同じ事をしたに違いないと思い。村人達を強引に犯すように哀れむ。
そこに月の光が差し込み、グレースに村の真の姿を見せ付ける。
村は醜く、そこに住まう人々は哀れむ価値すら存在しないことに。
(雑誌やTVが謡う「夢の田舎生活」を夢見て村にたどり着いた)グレースがやっと現実を見た瞬間だった。
ナレーション「いけない、彼らは間違っている。正義を行うチカラがあるならそれを行使すべきだ。ほかの町のためにも人間性のためにも、そしてなにより一人の人間のために。そうグレース自身のために」
彼女は村を焼き払い、村人を皆殺しにする。
因果応報な終わり方。
グレースが人に戻り全てはご破算で物語は幕を閉める。


実に良い大人のための寓話でした。