地獄でなぜ悪い

あらすじ:刑務所から出所する妻の為に娘を主演にした映画を撮りたいヤクザと映画を撮りたい青年とヤクザの娘に恋焦がれる青年がふとした事で出会い、スタッフ・キャスト全てヤクザの敵対する池上組へのカチコミをテーマにした映画制作を始める。
予告

『神の啓示を受けたと思い、夢と現実を混同する者を“妄信者”といい、錯乱のあまり殺人を呼び起こす者を“狂信者”という。(フランスの哲学者「ヴォルテール」の言葉)』


感想:

「そうだよ、戯言こそがもっとも神聖なんだ。ホーリータワゴトー!」

「いかん、圧倒的に萎縮している。どこが違う。そうか!俺たちはリアリズム、奴らはファンタスティック!リアリズムじゃ負ける!!画面の向こうだと…負ける」

半年位前に「ブラック企業で働くのが嫌なら辞めればいい」という持論を掲げて踊り狂う人を見かけて、その意見に「そうだそうだ」と同意する人もいれば、「現実はそんなに簡単なことじゃないんだよ。再就職とか大変だし」と反論を唱える人もいてなんかザワついていた。この映画を見てその事を思い出し、超過酷激務をこなすブラック企業で働く人達が何故辞めないのかって問題に、「その地獄はその人にとっては楽しい地獄なんじゃないのか」とふと思った。ブラックジョークとして言えば、「死ぬほど楽しい地獄だから辞めない」。劇中で映画監督を夢見る平田が「良い映画が撮れれば俺は死んだっていい」と願いながら生きていて、その願いが神に届いたのか悪魔に見つかったのかヤクザのカチコミを撮影する機会に恵まる。その瞬間の平田の麻薬でもやったかのようなテンションの上がりっぷり。人は自他ともに認められたポジションに立つ時の安心感は過去も未来も捨て去ってしまうのだと思う。

今作も園子温の実体験がベースになっている映画だった。
「昔、付き合った女にある日喫茶店に呼ばれて出向いたら「私を犯したよね?私のお父さんが○○組の組長だって知ってる?」と質問され、「それは付き合っていた時の事だから和姦だろ・・・。それに組長って」とジョークだと笑い飛ばそうとしたら喫茶店の周りを柄の悪い黒服のおっさんに囲まれていて。これは本物だと元カノに言われるがまま組の事務所があるビルに付いていったら事務所に入るなりパイプ椅子に座らされ、ヤクザに囲まれている中で組長に「俺の娘をレイプしたんか?」と問われ。当時の園監督は脳内で現実では和姦だからレイプしていないけど、どうせNOと言っても殺されるのだからいっそYESと言ってしまえと。「犯しました!すいませんでした」と土下座をしたら、監督の発言に動揺する娘の顔に気づいた組長が娘に「お前嘘ついたんじゃねーだろな!」って娘の嘘を見抜き。どうにか一命を取り留めたって話と、昔、「東京ガガガ」という路上パフォーマンス集団に属して、公園で映画撮影をしていたら餓鬼に絡まれた話と、平田の「俺はたった一本の名作が作りたいだけなんだ。この世界にはくだらない映画監督がゴマンといる。何本も何本もくだらない映画ばかり作って家を建てている馬鹿、どうでもいい映画を作って金を貰う馬鹿。俺はそんなのは嫌だ。たった一本の映画でその名を刻む伝説の男になりたいんだ」という台詞はたぶん園監督の生涯の本音だろう。

ここからストーリーの感想、
園監督作品が大衆に受け入れられる現実なんて存在しないので、世界の感想はいつも通りに「俺は大好き」と「糞みたいな映画」の二分化した。
俺は好きな方の映画だった。
平田やファックボンバーズの映画の神への現実逃避とも取れる妄信ぷりや、ミツコに恋焦がれる池上や橋本も、妻の夢の為に映画撮影に乗り出す武藤や武藤組の連中。みんな愛のために頭の螺子が飛んでいてイカした奴らであった。(馬鹿ばっか)
特に面白かったのは、映画の神様からの啓示を待つ平田が橋本からオファーされる所から始まる。物語の加速である。映画への愛を語るファックボンバーズと出所する妻の為に映画を撮りたい武藤組、ミツコから愛されたい橋本と池上。その三様が絡み合い映画制作に進むそのテンポの良さが実に気持ちよい。その撮影までの気持ちよさと何か大きなことの始まりを予感されるワクワク感は至高だった。ゆえにその後の血の池地獄をイメージさせる抗争シーンではちょっとテンションが下がる程度に面白かった。
抗争シーンではマネキンみたいな腕や頭が飛び、吹き出る血液がCGのように()綺麗に飛び散る、池上の言葉通りな「ファンタスティック」な映像の数々。監督の悪ふざけが悪趣味を一回転して不細工な芸術へと昇華していた。
そして撮影を終えたフィルムを回収して最上級の笑顔で疾走する平田。
その後の素晴らしい栄光を妄想する平田。
カットの声とともに画面から消える平田。
観客は置いてけぼりにされ、星野源が歌う「地獄でなぜ悪い」をBGMにスタッフロールの流れる中、各々が目の前で繰り広げられたリアリティのないファンタスティックな映像を思い出し星野源からの「無駄だ ここは元から楽しい地獄だ 生まれ落ちた時から 出口はないんだ」と「作り物で悪いか」と「ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ」諭されて現実に戻される。

最高の悪ふざけ映画だった。
園子温作品だからオススメはしない!が、最高のくだらない映画だった。
映画館で見ればよかったなー。