小松響子aka.トランポリンガール 6

6
進歩は文字の如く一歩ずつ一歩ずつ着実に進む。それは、この世界の科学力の発展や人の成長を見ると判り易い。
言葉は似てるが進化は全く違う。
進化は一瞬だ。この世界がビックバンと呼ばれる現象によって出来たように、海中にいた私たち哺乳類の先祖が陸に上がったように、一瞬で終る。一瞬で決まる。これまで着実に進んできた過程を私のジャンプのようにぴょーんと、進歩の階段を二段飛ばしで駆け上がるように。


マドカちゃんに言われ降り立った場所は、とても誰かが待っているような場所ではなかった。もっと言えば待つ人など存在するはずが無く、存在するのは出向いた人のみの場所。
思い出と後悔と畏怖の存在のみが渦巻く場所。
私は、お地蔵様の並ぶ舗装された歩道をマドカちゃんから貰った地図を片手に探す。こうも同じような物が並ぶとさすがの私もどれがどれだか判らない。困り果ててコカコーラの瓶がプリントされた赤いベンチに座ると喪服を着た白髪のちょっと品のあるお婆さんが私の横によいしょ、っと囁いて座った。お婆さんは膝に置いたハンドバックから飴玉を一つ出すと食べる? と、訊くので、差し出すものを断る事が出来ない私はてへへ、すいません。と軽く会釈して飴玉を頂くことにした。
口の中でコロコロ転がす飴玉、林檎味の変わった飴玉にちょっと気分が弾んだ。
「それにしても、こんなに愛されている人がいるのね」
お婆さんの周りに私以外誰もいないのできっとそれは私に対しての言葉だろうと踏んだ。でも、ここの何処に愛されている人がいるんだ? 人なんか何処にもいないじゃないか? それもともお婆さんは霊が見えるのだろうか?
「誰がですか?」
「あら、聞こえちゃったかしら」
お婆さんの反応から、さっきの発言が私に対してではなくただの独り言だったようだ。
「聞こえちゃいました」
「耳がいいのね。それに顔もいい顔してるわ」
「そんな、照れるじゃないですか」
「いいのよ、女の子は可愛くて損することなんか無いんだから」
お婆さんは私の瞳をじっと見て軽く微笑む。マダムキラー響子。幼馴染の彼が見たらきっとそう通り名を付けそうだ。
「お、お婆さん。そんなにジロジロ見ないでくださいよ」
「あなたも愛されてるのね」
真顔でそんな臭い台詞を吐かれると聞いているこっちが恥ずかしくなる。ほら、耳なんか触らなくても判るくらい熱くきっと真っ赤だ。
「みんなみんな愛されているわ。ここに眠る人達だってこうやって愛されていたからこんな立派なお墓で永眠出来るし、きっと亡くなった後もこうやって会いに来てくれる人がいるって事はその愛はきっと未だに生きているのよ」
「お婆さんは誰か……」
訊いていいものか判らなくなったが、お婆さんの格好と場所だけに愛していた人に会いに来たのだろうと思った。いや、未だに愛している人に会いに来た。
「えぇ、孫がね、元気だけが取り柄だったのに急に……」
「病気ですか?」
「ある種の事故だったの」
「事故ですか……。それはお悔やみ申し……っ」
私は言葉の途中で唇を強く噛んだ。何が「お悔やみ申し上げます」だ。そんな通例の挨拶で何が伝わるんだ。でも、それが礼儀でしょ? 礼儀。礼儀ではそうかもしれないけど、私に行っても貰いたい言葉そんな言葉じゃないはずだ。でも、なんて言えばいいの? 在り来たりの弔辞で済ますのが一番じゃないの? いや、きっと違う。
「お婆さん、私をそのお孫さんに紹介してくれませんか?」
お婆さんは一瞬戸惑ったが、孫が生きていたら知り合っていたかもしれないわ。あなたならきっと仲良くなれたはずだわ。とお孫さんの墓標まで道案内してくれた。



私は、特定の宗教を信じているわけではないけど、その瞬間は神の存在を信じた。
マドカちゃんに渡されたメモに書かれていた名前がお婆さんのお孫さんを示すものだと知った時、驚きよりもなんだか判らない偶然の一致に鳥肌が身体中を走った。
「本当に、そのお花を孫に捧げてくれるの?」
「えぇ、それが約束ですから」
「約束?」
「はい、私の友達からこの花束をこの方に届けてくれって、依頼されていたんです」
「それって誰かしら、孫の友達?」
「依頼者は古見マドカちゃん。お知り合いですか?」
「いえ、孫の友達を全員知っているわけじゃないけど、聞かない名前ね」
「そうですか」
私はとても不思議な気持ちだった。マドカちゃんは何故友達の墓石に自らの足で出向かないのか? 場所は地図を書いてくれたくらいだから知っているはず、花を買うほどの意欲があるはずなのに何故渡すのを諦めたのだろう。もし、公園で私に会わなかったら誰に渡しに行かせたのだろう。それとも自分で行ったのかな?
答えなんかこの場で出るはずが無い。この場で答えを知っていそうなお孫さんはお墓の中。
「ありがとうね。その依頼主のマドカさんにもよろしく言ってね。そうだ、あなた、コレをそのマドカさんに渡してちょうだいな」
お婆さんはハンドバックからさっき舐めた飴玉がたくさん入ったビニール袋を差し出した。
「はい。確かに依頼されました。ぴょーんと跳んですぐにでもお届けしますよ」
「あらあら、そんなウサギさんみたいな事言って」
「本当ですよ。ぴょーんと届けますから。あれ、もしかして疑ってます? いいですよ。見せてあげます」
私はその場で屈伸運動を始めて準備を整える。そんな姿をお婆さんは愉快そうに笑って見る。信じてないな。っと不敵に笑って私は空気を大きく吸い込み垂直に跳び上がる。ほんの20メートルほど跳び上がり、元いた場に戻る。
「どうですか? 凄いでしょ」
「えぇ、凄いわ。最近の子ってそんな事が出来るの?」
「みんながみんな出来るわけじゃないですけど……」
「いいもの見せてもらったわ。それじゃお駄賃あげなきゃね」
「い、いいですよ」
「女の子は遠慮しちゃダメよ」
お婆さんは私の手に千円札を捻り込むとお札を握った私の手の上から包み込むように握る
「あの子もあなたみたいに跳べたらきっとあの事故からも逃げたのだろうに。ごめんね、愚痴ちゃって。これはお駄賃と運送代。今度はそのマドカさんも連れてきてね。そして、絶対に孫のように先立たないでね。お婆さんこれ以上若い子が先に行っちゃうの我慢できないの」
祈るように私に言うと、手を離し目元を拭った。
「えぇ、今度はマドカちゃんも連れてきます。それまではお婆さんも元気でいてくださいよ」
「そんな簡単には死なないわよ。いんや、あなたとマドカさんが来るまで死ねないわね」
「あはは、約束ですよ。私達が来たからって満足してあの世に行ったら嫌ですからね」
「大丈夫」
私はきゃはきゃは笑いながら手を振り跳び上がる。
上空50メートルほど跳んで下降し始める時、お婆さんが離陸する寸前に行った言葉を思い出した。
『愛しているわ』
愛されている、みんなが誰かに、いや誰もが誰かに。
高揚する気持ちを抑えつつ次の跳躍点を見定めては、着地、離陸。
幼馴染の彼の家の前はマドカちゃんが心配そうに空を見上げていた。私の姿が見えたのか急に手を振り始める。私も手を振り返し、着地。
「どうでした?ちゃんと届けました」
「マドカちゃん、私はなんだか”はじめてのお使い”に行かされた子供のような気持ちだよ。余裕だって」
「買い食いとか、変な人について行ったりしませんでした?」
「ママーーー」
と、軽いボケをかましあって笑う。
「はい、これ」
私はあくまで運び屋。依頼を最初に済ませる。
「何ですかコレ? 飴玉」
「うん。地図に書かれていた人のお婆さんから」
「会ったんですか、聞きました?」
「何を?」
「私との関係をっ!!」
「聞いたけど、知らないって言われたよ。マドカちゃんの名前を出しても覚えがないみたいだった」
「本当? マジで?」
「本当本当」
マドカちゃんは疑いの目で私の顔を覗き込む。こうなると疚しい事が無いのに動揺するから不思議だ。過去の罪を暴かれるような気持ちになる。
「どうやら、本当のようですね」
「そう信じてくれた」
「えぇ、顔に書いてありましたから、右目の1.5センチ下に」
「えぇーーっ、本当?」
「嘘です」
「マ、ド、カちゃーーーん」
「あはは、ごめんなさい。でも、響子さんは跳んでいないとダメみたいですね。随分いい顔してきたじゃないですか。そうだ、これを仕事にすればいいじゃないですか?」
「見世物はもうコリゴリなの」
「違います。運ぶんですよ。郵政民営化が進むこの世界、チャンスですよ」
「運ぶ? 郵政民営化?」
「魔女宅(魔女の宅急便)ならぬ、キョコタクですよ。響子の宅配便ですよ」
マドカちゃんは自分のアイデアの素晴らしさに酔い、鼻息荒く宣言した。
「マドカちゃんって……馬鹿?」