虚図書館少女と……

注意:この作品はid:hachi_gzkさんブログ「こめびつの中身」に掲載されている『虚図書館少女』へのトリビュート作品です。


 誰もいない教室。教室の置くまで勢力を伸ばそうと差し込むオレンジ色の光。
 私は日直簿に今日の時間割と休んだ吉田の名前、そして特に変化の無い日常から特出すべき事柄を無理矢理思い出して『今日の感想』の欄に書き込んだ。
 一つ一つ窓の鍵が掛かっているかチェックする。窓の向こう、校庭では陸上部がハードルを片付けている。微かに聴こえるたどたどしいシューマントロイメライが世界の無常さを水増していて、視界の下から人の名前が『クラスメイトA:佐々木』とか『音声:安田』『メイクアップ:長谷部』『欠席者;吉田』なんて具合にスタッフロールが次々と流れたら、かなりいい感じのエンディングになりそうだ。


 担任に日直簿を渡しに行くと、妙な相談をされる。
『クラス内でイジメが起きていないか?』
 クラス内を隈なく知るほどの情報通でもなければ、イジメを助長or実行する存在でも、イジメられる存在でもない。極々一般的な存在である私はその質問に、「さぁ」という間抜けな答えしか出来ない。すると担任は喉に魚の骨でも刺さっているかのようなしっくりこない顔をして、噂でクラスのとある女子がイジメられている事を知ったと告白し始めた。だから?
そして、なんやかんやで私の日直の仕事が追加される。
担任に言われるがままにその問題の女子と何気なく会話をして噂の真偽を確かめるハメとなる。
肩をガクっと落として図書館に入り、勉学に励み「東大合格」という鉢巻が額に幻覚として現れそうな鬼気迫る表情の先輩方の交わしながらその女子を探す。
その女子は窓際の席でなんやら分厚い本を読んでいた。声を掛けてみると不思議そうな顔をして見上げてきた。思えば、私自身、彼女と会話をすることは初めてだった。
「なにか?」
外見に対して大人びたその声に私は少し萎縮しながら彼女の横に無断で座る。最初から、youはイジメられるのかい? wow It's very very 悲惨!! なんて直球を投げるのも気が引けたので(実際は帰りたくてその質問を最初にしたい事が本心ですが)何気ない質問からする。
「はい。そうですね放課後は主に図書館で本を読んでいます」
『オイ、ボビー聞イタカイ? コリャ飛ンダ文学少女ダヨ!!』
『ワーオ、俺モ驚キサ、コンナotaku受ケ抜群ナ少女ガいじめニアッテルワケナイヨ!!』
深夜の健康器具の通販番組に登場しそうな白い歯を自慢げに光らせるマッチョな外人二人が私の脳内で勝手に会話を始めて、担任の危惧した事を勝手に片付けた。私もマッチョ達の言う通りだと思い込んでマッチョ達のように身振り手振りオーバーリアクションで担任に報告して家に帰りたい。しかし、これでイジメが遭ったとなると私の信用問題に関わるのでもう少し調査をする。
「そうですね。教室ではお話したことはありませんね。今日は日直で? そうなんですか、お疲れ様です。それで私に何か用でも?」
言葉のキャッチボールに於ける彼女からの絶好球をここで打てればいかに楽な事か。しかし、これはキャッチボールなので私はサラッとそれをキャッチしてボールに『クラスの誰と仲がいい?』と書いてどんな運動神経の無い人でも取れるようにコントロールを定めて投げ返す。
「友達ですか。えぇーと、そうですね。村上さんとは話したことがありますよ。どんな話って。ノートを写させてくれって言われてノートを貸しただけですけど。それだってちゃんとした会話ですよ!! たぶん………」
『ヘイ、ボビー! コノ娘ハノーフレンドラシイゼ!!』
『ワーオ、コリャ寂シイガールダネ。ソウダ、日直ナンダカラ友達ニナッテヤレバイイジャナイ?』
『オォ、ボビー! ソレハナイスアイディーア!!』
何が『ナイスアイディーア』だ。お前らマッチョは脳細胞まで筋線維で出来ているのか。どこの世界に日直の仕事に友達作りの項目があるんだよ。
「あぁ、別に私は友達がいない事なんて全然気にしていないんですよ。クラスで休み時間とか1人でも毎日の事なんでそれが逆に普通な感じで。そうですね、一人の方が気兼ねなく本を読めますし……。ですから友達なんていらないですから」
彼女は矢継ぎ早に言葉を並べると、「言葉の裏を読んでくれよ」という意味の期待を込めた表情で私を見上げた。腹をすかせた猫がキャットフードを持っている知らない人間に対する行動だ。危機感と期待の入り混じったアレだ。
そこまでされて避けるのは最早それがイジメっぽいので私は鞄から携帯を取り出す。
「えぇー、そんな。アドレス交換ですか。図書館で携帯の使用はマナー違反なんですよ。あぁ、いや、携帯は今持ってますからここでいいです。いや、なんか私は別に友達とか。別に…」
ちょっと彼女に友達がいない理由が分かった気がする。
私の携帯の画面を見ながら彼女はたどたどしい手つきで登録して、満面の笑顔で私に返す。
頭の中でマッチョの片方が小さく舌打ちした音が聞こえた。私も激しく同感です。
彼女の厄介な性格に嫌気が差してきたので、席を立ち、担任には彼女はイジメには遭っていません。現状は!! 今後何かしらのイジメに遭う確率は高いです。とでも答えておけばいい。
窓の外を見れば暗闇が満ち、ペンを走らせていた先輩方もいつの間にかいなくなっていた。
「あぁ、ちょっと帰るんですか。 も、もう少しここで話しませんか? じ、実はですね。この図書館には夜になるとアレが出るんですよ!!」
マッチョ達+私は、肩をすくめて両手の平を天に向けて少し上げた。
「本当ですよ! あぁその顔は信じてないですね。夜の図書館には悪魔がいるんです。その悪魔を見た者は悪魔に姿を奪われてしまうって……ちょっと帰らないでくださいよ!」
彼女の大きな声が静寂を重んじる図書館に響いた。しかし、誰の反応も無い。どうやら私と彼女の二人らしい。まぁ、その悪魔をいれれば三人だが。
「わ、分かりましたよ。 証拠を見せますよ。これはもっと仲良くなってから教えようと思ったんですけど。私、この前悪魔を見たんです」
『ボビー! 聞イテクレヨ。21世紀のジャパンで不思議ガールガイルゼ』
『オイオイオイ、コリャナンノ冗談ダイ? ワット コレガジャパン特有ノユトリ教育カイ? 日直、コイツ一発ブン殴ッチャエヨ』
私とマッチョ達との理解度や親密度が増していくなか、彼女の信頼度は発言すればするほど暴落するという反比例の図式が出来ていた。
言葉の粗を捜すわけではないが、悪魔の噂と彼女の証言一旦信じた上で彼女に、それではお前は悪魔か? と問う。
すると彼女は驚きながらこう答えた。
「いえ、違います」
『F○CK』『サノバビッチ!!』
あぁ、とうとうマッチョ達を怒らせた。
頭の中でNASA公認の低周波による局部シェイプアップマシーンを地面に叩きつけ思い思いの卑猥なスラング発する赤面のマッチョ達に同情しながらも彼女に話の辻褄の件を質す。
「だって、私は私ですよ」
そりゃそうでしょうね。
呆れてものが言ず、すべき事が見当たらなくなった私に『Get away』という大声が響き、身体から反射的に走り出す。図書館のドアを勢いよく開け、「廊下を走るな」というポスターの前を微笑みながら駆け抜ける。
なぜ走る?
そこに道があるからさ!!
とは違うが、とにかくもう彼女と一緒に「痛く」、もとい「居たく」なかった。
そんな私の心情やマッチョの怒りなんて知る由が無い彼女は急に走り出した私を追いかけてくる。
追いかけてくると人間はいつも以上に力を出して走ってしまうものであり、私は鞄をその場に投げ捨てて捕まらないように加速する。
「ちょっと、なんで逃げるんですか? も、もしかして私の事本当に悪魔とか思ったり……。それとも悪魔を見たんですか? 悪魔を! 本当に悪魔を!!」
見当ハズレにもほどがある彼女の言葉に笑いが零れる。自分で作った悪魔設定をちゃんと生かしてやれよ。
階段を下り、廊下を駆け抜け、上履きのまま校庭に飛び出す。
ちらっと後ろを振り向くと彼女はちゃんと私を追いかけてきてくれて私と目が合うと苦しそうな顔をしながら何か言おうとするが咳き込み声にならない。
アドレナリンの海を華麗に泳ぐマッチョ達よ。健康器具よりもジョギングが一番です。
彼女やマッチョ達の事を笑い前を向くとそこにはサッカーのゴールのポールがあり避けきれず前頭部を強打して仰向けに倒れる。
「だ、大丈夫ですか。なんか鈍い音がしましたけど……。も、ゲフッ、もうなんでこんな所まで走り出すんですか。はぁはぁ」
そんな私についてくる彼女も彼女だと思う。
フラフラする視界と膨らみ痛みを主張するおデコに耐えながら起き上がると私の名を呼ぶ声がする。
声のする元に目を向けると職員室から担任が叫んでいた。
私は担任に手を振る。
発する言葉決まっていた。
『先生、クラスにイジメなんてありません!!!』




〈了〉