酔歩する男

あらすじ:
主人公がバーで帰りのタクシーを待っていると見知らぬ男が突如話しかけてきた。
「私の事覚えておいでではありませんか?」
見知らぬ男なので主人公は知らないと答えると男は、
「そうですか。私はあなたの事を知っていますが、あなたが知らないなら私達は知り合いではないのでしょう」
男の不思議な言葉に主人公はタクシーを待つ暇つぶしにその言葉の真意を問いただしてみた。
男が語るその言葉は主人公を悪夢のような世界へと誘うのであった。そうそれは悪い夢のような、泥酔したゆえの幻覚のような。



感想(ネタバレ有):
あらすじでは分からないが、これはタイムリープ物である。
事故で亡くなった恋人を助ける為に互いに脳手術を行った主人公とその親友は時間感覚を失い、眠るたびにタイムスリップしてしまう身体になってしまう。二人は恋人を事故が襲った瞬間の前に戻って彼女を事故から救おうとするのだが、自分の力で飛びたい時間に移動できない不都合さから、彼らは何度も何度も寝ては目覚める。主人公はその繰り返しから自分は未来を予知でき未来を書き換える全能者だと思い込むが、未来は常に変動し彼が過去に行った行為が実った未来と実らなかった未来が混雑している事に気付き彼は絶望する。いかに経験や修練を積もうとも彼は功績を実感できるのは一日だけであり、飛んだ先の未来ではその功績が無かった事にされている場合がある。老人になった未来に来たと思えば、次の日は胎児。彼はランダムで移動し続ける自分の今に辟易してしまう。

世界にはタイムトラベル物が数あれど、これほど怖い作品はそうは無い。
なぜなら、大概のタイムトラベル物は行く先が決まっていたり、行った先で何日も生活できたりと、努力を積み重ねられるからだ。タイムトラベル物のテーマは「積み重ね」である。努力や経験、記憶、人格など時を巡る中で主人公は成長し失敗を克服する。
しかし、この小説の主人公は時を巡るが「積み重ねる」事が出来ない。なぜならランダムで飛び滞在できる時間は最長で一日くらいしかないためである。そして、その滞在期間で何かしても結果が未来に引き継がれるとは限らない。三途の川で石積みをする子供のように何個か上手く積んでもランダム性が石を蹴散らす。彼は毎夜訪れるタイムリープに嫌気が差して死のうと思うが、死んでも死んでも、目覚めるとタイムリープした先にいる。(死ぬ瞬間に気を失い、それがトリガーになって死の前に自動的にタイムリープしてしまう)永遠に死ねない世界で同じ能力者だったはずの主人公に出会う。
そして、この話の最高に怖いところは、男が語る言葉がただの妄言なのか、それとも主人公を覚醒させる為のキーワードだったのか主人公には分からないって事だよ。主人公はその夜きっと寝るのが怖くなるのだろうって考えると、もうアレだよね。


ともかく、この作品はオススメ。
バタフライエフェクトやシュタゲ・まどマギが好きです。なんて思って軽い気持ちで読んでみると絶望する。
つーか、この時間が観測者が観ていない所では霧散されていて、観測者によって未来が「収束」するってくだり、シュタゲが完璧にパクってるだろ。

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

表題作の「玩具修理者」も短編ながら綺麗に纏まりどんでん返しもありで美味しい作品ですよ。